五度攻撃をしのいだ。それはもうしのいだ、と言っていいありさまだった。舞台を作ったのは自分が有利になろうと思ったからではない。そもそも神足燎三(こうたり りょうぞう)はこのトーナメントに優勝しようなどとは思っていなかった。特にチケットが欲しいわけでもなく名誉など必要ともしておらず、ただ実力が明らかに自分に劣る者たちに負けてやる義理まではないから、結果としてここまで勝ち残っているに過ぎない。だから舞台を作ったのは対戦相手である真城雪(ましろ ゆき)に説明したように、趣向をこらして見ごたえのある、客が喜ぶ闘いをこの二人でなら実現できると思ったからだ。地下での戦力としてなら自分が上でも、一個の戦士としてならほぼ同格と認めている娘、ここで負けてもかまわないとは思っている。
でも見せ場も作れずに負けるのはちょっと情けないだろう。しかし、まさかここまで一方的になるとは思わなかった。足場を得た女戦士の跳躍は普段訓練場で眺めているものとは倍以上速い速度で懐に飛び込んできて、しかも剣先はそれに負けずに緻密にこちらの木剣をかいくぐろうとしてくる。しのぎ、クリンチで止めるのが精一杯だった。しかも飛び回りつつも戦場を壁の近くに移すことを許さない。壁を崩したら負け、そして勢い余って衝突する可能性は自分の方が高いと知っているのだろう。
さらに威力を増した剣先をなんとか二の腕に沿わせた刀身で受け止め、思い切り押し返した。ちらりと彼女の足元を見て数歩横に歩く。その場所ならば足場になる土嚢がないのでそれほど警戒しなくていい場所だった。
それにしても、と釈然としない。自分が動くたびに足元を確認しているようにあの娘もその動作が必要なはずだ。まさか場所を全て覚えられるとも思えないし、もし覚えられているとしても自分の現在地との相対的な距離は確認しつづけないといけないはずだ。そして確かにあの娘もちらちらと視線を足元に投げている。それはそうなのだが、どうにもその回数が少ないように、時間が短いように思えた。あれはどういうことなのだろう?
考えている余裕はなかった。今わかっているのは、どういう理由か知らないが目の前の娘は自分ほどは足元を気にせずに戦えるということ。であれば場所を移動しなければならない。左手には場外の線、右手には中央部分を走る土嚢の壁がある。壁のあたりはもともと散らばっていた土嚢がすべて積まれているために、自分にとっての障害物、相手にとっての発射台となる厄介な障害物は少なかった。やはり自分の地の利はあそこにあるのだ。
す、と一歩右に進む。しかしそれを抑えるように女帝が速いすり足を行った。やっぱりだ。お嬢め、視線を下に投げずに土嚢を踏み越えやがった。一瞬、一瞬だけ視線が下に落ちればそこでいたずらを仕掛けられたのに。それで勝ちが転がり込むことはなかっただろうが、土嚢の近くにまで戦場を移すことはできたはずだ。しかし女帝は土嚢の壁を背中におきこちらをとどめる気持ちがありありと表れていた。舌打ちをこらえた。
仕方ない。無理が通れば道理が引っ込むらしい。腰を落とし膝をたわめた。つっこもう。