2003-10-06から1日間の記事一覧

しんと静まり返る中を橋本辰(はしもと たつ)は大の字になっている若者のもとに歩いていった。序盤の試合は知らないが彼が審判をするようになってから初めて明らかにそれとわかる怪我だったからその沈黙も仕方がないのかもしれない。しかしそれを圧して空気…

初め、という声と同時に目の前の若い戦士が地を蹴った。そうだ、と闘いの場でありながらも国村は教師の思いでその動作を見守っていた。そう、俺は身体がまだ本調子じゃない。お前の渾身の動きにカウンターを当てられるような状態じゃない。そう判断したなら…

「さて解説の真壁さん、どうですかこの試合は」 笠置町翠(かさぎまち みどり)が巨体をはさんで一つ向こうに座る仲間に話し掛けた。真壁啓一(まかべ けいいち)は雰囲気たっぷりにそうですねえ、と答える。 「実力で考えれば大きな開きがありますが、佐藤…

苦戦はしないだろう。国村光(くにむら ひかる)は当初そう思っていた。 猫を相手に心を落ち着かせていた先ほど、第二期最強の戦士たちが三人のこのこと雁首そろえてやってきた。彼らに次の対戦相手である佐藤良輔(さとう りょうすけ)について訊いても対面…

剣術トーナメントで訓練場の建物を全て使われてしまう今日は、教官たちにとっては降ってわいたような休暇の日となるはずだった。しかし自分には石の選別という仕事が山積みであり、罠解除師の教官である洗馬太郎(せば たろう)と治療術師の教官である久米錬…

迷宮街のスーパーにはいくつか他の店ではあまり売られていないものが並んでおり、しかもその回転率が早いことがある。そのうちのひとつに猫じゃらしの棒があった。子どもの頃ドイツで暮らしていたことのある探索者が「マルタみたい」と評したことのあるこの…

「まさにペテン師の面目躍如ってところね」 疲れた、と言い残してとっとと横になってしまった神足燎三(こうたり りょうぞう)の代わりに二戦士の仲間たちが片付けをしているところだった。高田まり子(たかだ まりこ)は土嚢を一つどけてしみじみとそう呟い…

やっぱりこの舞台は自分にうってつけだった。相手が探索者屈指の食わせ物であり実力的にも最強レベルの探索者だとしても地の利が自分にある以上恐れる必要はない。壁を利用してどんなことをやろうとしていたのか知らない――おそらく、自分にしかわからない覗…

五度攻撃をしのいだ。それはもうしのいだ、と言っていいありさまだった。舞台を作ったのは自分が有利になろうと思ったからではない。そもそも神足燎三(こうたり りょうぞう)はこのトーナメントに優勝しようなどとは思っていなかった。特にチケットが欲しい…

橋本辰(はしもと たつ)ははじめ試合会場を間違えたのかと思った。訓練場教官としての日報作成のためにもらった時間は30分、まさかこれほどの土木工事が可能な時間だとは思わなかったからだ。これほどのことができるのは、部下を使った星野幸樹(ほしの こ…

いわゆる土俵際にあたる外周部分の土嚢は意識してしっかりと積むようにした。女帝真城雪(ましろ ゆき)が迷宮街に誇るその強靭な足腰で跳躍しても、足場となる土嚢が動いてしまうようではいけないからだ。密集しすぎと思える場所の土嚢を抱えては、攻撃(お…

不自然に倒れた娘が息を吹き返すのを確認し、真城雪(ましろ ゆき)は試合会場に戻った。あまり人のことばかりを気にしてもいられない。次は自分の試合であり、相手は自分と同格以上にいる戦士だった。ごめんよ、ごめんなさいねと声をかけながら土嚢のつまれ…