橋本辰(はしもと たつ)ははじめ試合会場を間違えたのかと思った。訓練場教官としての日報作成のためにもらった時間は30分、まさかこれほどの土木工事が可能な時間だとは思わなかったからだ。これほどのことができるのは、部下を使った星野幸樹(ほしの こうき)くらいだろうと思わせる建造物がそこにはそびえていた。
「これはいくらなんでも危ないんじゃないのか。倒れるぞ」
自分の胸元まである壁を眺めて次の試合の出場者二人に言う。真城雪(ましろ ゆき)はまったくですと苦笑したが神足燎三(こうたり りょうぞう)は気にもせずに倒れますなあ、危ないですなあと頷くだけだ。女戦士の顔を見てもそのことは了解しているようだった。なるほど。倒せるし、倒れた時に壁の影でしゃがんでいれば埋まる。そして埋まれば動きが止まる。それも作戦のうちか。面白いな。
「しかしこれでは審判がしづらいな」
言い捨ててその壁に向かって跳躍した。右足を前に伸ばした姿勢、二人には蹴りを入れたように見えたろうか。背後から息を呑む波動が伝わってくる。蹴り崩すつもりだと思ったのかもしれない。
しかし橋本には破壊の意志はなく、右足の親指が土嚢の壁にできたわずかな足がかりにかかるや足の甲の力だけで身体を上に持ち上げた。横に飛んでいたエネルギーがそのまま直角に向きを変え、身体が上昇する。その動きの不自然さに比べれば音もなく土嚢の壁の上に着地したことは不思議でもなんでもなかったろう。さすがに呆然とする戦士二人を見下ろした。
「お前たちが勝手に会場を作るなら、俺も勝手にルールを追加させてもらう。この試合中、俺をここから降ろすな。この土嚢が崩れて俺の高さが下がったらその原因を作った奴を負けにする」
二人の顔から驚きが薄れ、さらに愉しそうな表情が浮かんだ。この二人はよく考えて闘いを組み立てるタイプだった。条件が増えれば増えるほど闘志をかきたてられるのかもしれない。互いに顔を見交わし、いちど拳をぶつけ合うと自分の剣を取りに戻った。そして開始線につく。開始線の間を土嚢の壁が走っているのでお互いの腰から下は見えなくなっていた。
二人の準備が整うのを見届け、視線を放送席のマイクに投げた。神田絵美(かんだ えみ)が背筋を伸ばした。
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