自分の名前を呼ぶ声に笠置町翠(かさぎまち みどり)は放送席のほうを見やった。そして視線は笑顔のすぐ下にそれた。感じたのは、納得。かつて家に遊びに来た真壁啓一(まかべ けいいち)と妹の葵が珍しく手に手を取り合わんばかりに同感していたこと、それがようやく彼女にも理解できたのだ。
「パンチラとおっぱいポロリには老若男女を問わずに魅了する魔力があるよね」というバカらしい主張。
そのときは力説する二人に感じた嫌悪感そのままに(認めたくないが多分真っ赤になって)嫌がっていたものだったが、いまこうやって迷宮街屈指の美女である真城雪(ましろ ゆき)がパイプ椅子に座るそのスカートの中に布地(色は秘しておこう)を見つけると、なんだか得したような気分になるのだった。
ともあれ年長者に呼ばれたのだから立ち上がり、試合場の白線に沿って対岸に歩いていった。何ですか?
「いよいよ準決勝でしょう! それには絵美やまりや陽子みたいな素人じゃなくて、私たちレベルの放送席が必要だと思わない? 素人がいくらビックリしたり解説したって、そんなやられキャラのコメントに価値はないからさ。私が実況やるから、翠ちゃん解説やりなさいよ」
あ、面白そうと一瞬思い、しかし考えを振り払った。自分も先ほどの試合が終わってからツナギを脱ぎ膝上までのスカートにはきかえているのだ。土嚢なら足を折り曲げることで視線を防げるがパイプ椅子ではそれもできない。パンチラには老若男女を魅了する魔力があるのは認めるが、「見たい」とは思っても「見せたい」とは思わないのだった。
「大丈夫、笠置町さん」
これまで主にウグイス嬢を務めていた神田絵美(かんだ えみ)が得たりとばかりに毛布を差し出した。見れば彼女も座ったら危険な長さのスカートだった。この女性はきちんと心得ているらしい。
「じゃあ、面白そうだしやってみようかな」そう言って微笑むと女帝の隣のパイプ椅子に腰掛けた。一瞬の遅滞もおかずに毛布を膝にかける。視線を前方に向けると真壁が明らかに悔しげに指を鳴らすそぶりをしていた。まったくわかりやすいなあの男は。
どうかした?
くすくすと笑う翠をいぶかしんだか、隣に座る女戦士が尋ねてきた。いえいえ。なんでもありません。説明するほどのことでもないと首を振る。ついでというわけでもないが、隣に座る女性が正面にサービスしていることも教えない。先ほど悔しげだった仲間に手を振ったが彼は顔はこちらにむけたまましかしその合図にも気づかないようだった。その尊敬に値するほどの集中力は地下でしばしば見せるレベルだった。
抑えようとしてもくすくす笑いが止まらない。そんな娘を女帝は怪訝な表情で眺めている。