2003-10-07から1日間の記事一覧

うわ、ヒゲ。開けた視界に映っていた星野幸樹(ほしの こうき)の顔を見て葛西紀彦(かさい のりひこ)がまず呟いたのはその一言だった。星野をはじめ周囲を取り囲んで心配していた視線たちがほっとしたように和んだ。 負けましたねー、とからっと笑って葛西…

いわゆる“落ちた”状態にある葛西紀彦(かさい のりひこ)だったが、教官が少し触っただけで息を吹き返した。しかし焦点は定まらず、何度か目の前で手を振った橋本辰(はしもと たつ)はあきらめたようにとりあえずそこら辺に寝かしておけ、と土嚢の見物席に…

勝利の昂揚は一秒も続かなかった。もちろん鋼の自制心があるからではない。歴戦であればこそ、お互い武器を持たない状態で寝転がった相手の上にまたがっている自分の有利はよくわかっていた。あとは参ったするまで殴るだけ。いや、物わかりがよければ上に乗…

擬態か? 葛西紀彦(かさい のりひこ)の心にまず浮かんだのはその可能性だった。最初のダッシュに対しての反応、キャプテン翼にも出られそうな破壊力のキック、袈裟懸けを余裕を持って受け止めた技量と見かけからは全く信じられない(津差より上なんじゃな…

黒田聡(くろだ さとし)は軽い吐き気を感じていた。何かおかしい。今日になっての連戦でかつてないほど鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が教えてくれたかすかな違和感、床を転がり完全に無防備だった敵手に対する追撃をやめさせたのはそれだった。このまま突っ込む…

開始の声を耳の後ろのほうで聞いた気がした。それだけのスタートだった。視界の真中で普段どおり余裕のあった顔がこわばる。地下では比較にならず地上においても実力が上の相手だ。いくらいいダッシュを切れたところで勝利はまだ見えないところにある。それ…

「真壁くん、ハンマーないか?」 え? 何ですか? と怪訝な顔に向け、放送席を親指でさした。あの人にマイク持たせてるとどんなこと―― 『いつも限定つき戦士でした! 地下でなら最強! 女が見ていれば最強! 身体能力なら最強! カラオケボックスなら最強! …

『俺より前に後衛の死者は出さない!』 なんだ? このアナウンスは。 突然響き渡った拡声器の音をさすがにいぶかしみ葛西紀彦(かさい のりひこ)は顔を上げた。すぐ脇にしつらえられている放送席でマイクを握り締めた美女がこちらを横目で見ていた。ぽかん…

真壁くん、というその言葉には距離にしては大きく、かすかな苛立ちが感じられた。もしかしたら何度か呼ばれていたのに気づかなかったのかもしれない。真壁啓一(まかべ けいいち)はバツの悪い思いで傍らに立つ黒田聡(くろだ さとし)を見上げた。なんです…

自分の名前を呼ぶ声に笠置町翠(かさぎまち みどり)は放送席のほうを見やった。そして視線は笑顔のすぐ下にそれた。感じたのは、納得。かつて家に遊びに来た真壁啓一(まかべ けいいち)と妹の葵が珍しく手に手を取り合わんばかりに同感していたこと、それ…

「ああもう! とんでもねえな黒田さんは!」 段差に腰掛け膝に額をつけていた男が突然叫んだ言葉はそれだった。鯉沼今日子(こいぬま きょうこ)はびっくりして葛西紀彦(かさい のりひこ)を見やる。近くにいた人間が多かれ少なかれ驚いた顔をしている中、…

準決勝を前にしても身を包む空気には変化が見られない。ゆったりとしたそれは黒田聡(くろだ さとし)が後衛から好かれる大きな要因ではあったけれど、それでもその空気のまま訪れられた面々はうろたえたようだった。同じく準決勝を目前にして、客席の段差に…