マイクの声はまるでこれが拡声されていることを自覚していないかのように楽しげに会場の空気を震わせる。さて先ほどの試合を振り返って、と真城雪(ましろ ゆき)は隣に座る娘に水を向けた。いかがですか解説の笠置町さん 
『見てるこっちまで痛かったとしかいえません。まるで自分が殴られたみたい』
『黒田選手の勝利は順当なところですか?』
うーん、とこの街でも屈指の剣豪は唸った。正直なところ、試合が始まる前までは試合なら黒田さん、ケンカなら葛西さんだと思っていました。
『それが開始1秒で喧嘩になりましたからね』
『それもしかけたのは黒田さんの方でしたから。意外でした』
『まあそれでもほんとの喧嘩になっちゃったら葛西選手が有利だったんですけど』
いやー、と翠はいまだ寝転がっている黒田をちらりと眺めた。
『あんな手数の中で反撃できた黒田さんはやっぱりすごいんだと思います。他の誰でも、葛西さんと喧嘩して勝てる人はいないんじゃないかな。それこそ津差さんとか南沢さんのような生き物じゃないと』
『普段は紳士なのに、実際はとんだチンピラでしたね』
『ですねえ。これからは寄らないでスケベ、とか迂闊に言えません。首絞められる』
『え。翠ちゃんそんなこと言ってるの?』
『だってあの人毎週のようにかの――』唐突にマイクの音が途切れた。解説席では年上の女が唇の前に指を立てている。
再び音声が入った。
『で、次の試合はどうご覧になりますか? 国村選手対神足選手ですけど』
『そうですね。テクニックでは神足さん、基礎的な能力では国村さんで、ある意味この街の頂上対決ですよね。決勝に進出した黒田さんは先ほど亡くなったし、これが事実上の決勝戦になるんじゃないでしょうか』
そして、あー、もう! と抑えきれないような声が漏れた。どうしたのさ? という女帝の声も拡声器は拾い上げ会場に届ける。
『目の前であんな試合見せられて座ってろだなんて! 血が騒いでしょうがないです! 真城さん、解説なんてやめにしてあっちで稽古しましょうよ』
『ちょっと待って翠ちゃんスカート短い』
『スカートの中にジャージはけばいいですから、ほら真城さんも』
立ち上がり腕を引っ張ろうとする娘に女帝は苦りきった笑顔を向けた。
『あたしはダメよ。そんな姿写真にでも撮られたら一生の思い出になっちゃうから。いいから落ち着き――』
言葉が途切れ、腕を引っ張る娘と引っ張られる女は等しく一人の男を見上げた。神足燎三(こうたり りょうぞう)は木刀の束を肩に担いでいる。そろそろ開始じゃないか? お嬢。
「あ、あー、うん。そうだね」
そしてコホンと咳払い。
『それではこれより準決勝第二試合を開始します! 国村選手は試合場へおいでください!』
横目で、神足から木刀を受け取りながら目を輝かせて指示に聞き入る娘を眺めた。特別解説を放り出すのは別にいいけどさ、どうせ試合が始まったら話しかけても『気が散る!』としか言ってくれないんだから。でもね。
木刀を持って何をするのかわからないけど、あなたいまスカートだよ? それは意識しておいたほうがいいと思うけどなー。
しかし娘は楽しげに試合会場の反対側に向かってしまった。木刀と木剣を三本抱えて。まあいいかと苦笑して、座る人の列をまたぎこす国村光(くにむら ひかる)を確認した。マイクの音量を少し下げる。
『さあさ、お次はこの街きっての――』
口上を述べながら、ちらちらと試合会場に視線を走らせた。いつの間にか第一期の戦士たちが最前列に陣取っていることに気がついていた。そして、それぞれが手に木剣を持っていることにも。あのペテン師は今度は何をたくらんだのだろう。彼女も試合が楽しみになっていた。口上は短めに切り上げることにしよう。