小さなガッツポーズを見て意外を感じた。佐藤良輔(さとう りょうすけ)の目の前で同じ賞品である遊園地のチケットを受け取る娘は、その仲間の日記を読む限り恋人はいないと思っていたからだ。それでもペアチケットを喜ぶからには誰か一緒に行く相手がいるのだろう。うらやましいなあ、と胸のなかで呟いた。佐藤には誘うような相手もおらず、妹とその恋人にあげたところで恋人は多忙だったので大阪での券は活用できないだろう。11月からこちら必死になって前だけ見て歩いてきたが、少し立ち止まって考えたほうがいいのかしら、とちらりと考えた。
小柄な女性から封筒を手渡されると同時に拍手が沸きあがる。振り返るとたくさんの笑顔が自分を見つめていた。尊敬すら感じるようになった対戦相手も拍手してくれている。その顔の中には一つとしてベスト8を自分が占めたことに対して異議をもつものはないようだった。これも悪くないな、と思い笑顔で一つ頭を下げるとテーブルに戻った。
円テーブルからはもう一度拍手が起こり、つられたのか周囲から再度拍手が降り注いできた。これは、ちょっと、嬉しいが、照れる。そそくさと自分の席について、テーブルの一角に座る的場由貴(まとば ゆき)に呼びかけた。
「このチケット、よかったら差し上げますけどいかがですか?」
的場はきょとんとした顔をする。佐藤さんはいらないんですか?
「男一人でペアチケットもらってもしょうがないですし、的場さんには掃除とか治療とかお世話になりましたから。お礼の代わりになれば嬉しいです」
ええと、と言葉を選んでいるような的場に代わり、自分の隣りから手が伸びてきた。かつて同じ部隊を組んでいた大野ふみ(おおの ふみ)のものだった。的場が佐藤の部隊を離れたとき一緒に大野も行動を同じくし、今では新参者をサポートするような性格の部隊を組んでいる。その別れは決裂ではなかったので現在も親しく交流している。
「由貴ちんも行く相手いなのにそんなこと言うなんて、失礼な人だよまったく。だからあたしにおくれな」
無礼者、と苦笑しながら伸ばされた手をはたき、視線を的場においた。うん? と屈託ない笑顔に迎え撃たれなぜだか狼狽する。鼻の下に生えた無精ひげを指の腹でなぞった。
少し立ち止まって考えたほうがいいのかしら。もう一度思い、すでに自分から視線を外しテーブルの上の麻婆豆腐を取り分けている娘を見る。そういえば、この人は会った最初からずっとこうやって取り分けてたな、と思い出した。ことさら意識しなかったのは恩着せがましくなく大変そうでもなく、つまり自然だったからだ。
「的場さん、もし――」
言葉はしかし中断された。黒田聡(くろだ さとし)の声が耳に入ったからだった。
ミラコスタのチケット、誰か買うやついないかー? 3万からオークションやるぞー!」
立ち上がり振り返りながら10万と叫んでいた。倒れた椅子が一瞬遅れて大きな音を立てた。