迷宮街に来て二日目。今日は属性と職業という二つのものを決めた。ここに来て初めて知った概念だった。
まず属性とは、迷宮内で遭遇する化け物との対応姿勢のことだという。もちろんこっちが侵略者でありかつ奴らにとっての食料である以上、お互いを発見したら戦闘になる当然なのだが、問題はお互いに気づいた際に十分戦闘を回避できるだけの距離的余裕がある場合だ。訓練所の職員はだいたい30メートルほどだと言った。その程度の距離があれば向こうはまず威嚇に終始し、よほど機嫌が悪かったり腹を空かせていない限りは様子を見るという。こちらが戦いを仕掛けず引き返したり、にらみ合っていれば向こうが去っていくから戦いを回避できるのだそうだ。ただ、戦闘を行う/回避するというその判断は事前に決め事としておかなければ意味がない。そのために心理テストで戦闘と回避のどちらが自分にとって自然かをあらかじめ判定し、そのポリシーが同じ人間としか仲間として認定されないのだ。具体的には、迷宮の入り口詰め所で通過を断られるという。
俺は戦闘派(以後タカ派と書く)だった。小寺は中庸で、これはどちらでも柔軟に対応できるということらしい。津差さんは回避派(以後ハト派)。津差さんと同じ部隊は組めないわけで少し残念に思う。仲間だったら頼もしい人だったのに。
その後、四つの基本職業である戦士/罠解除師/魔法使い/治療術師についての適性を調べられた。結論からすれば俺は戦士と罠解除師、魔法使いに適性があったが一番向いているのは戦士だと言われたので従うことにした。殴り合いをするほうが性に合っているし。だがそれぞれの診断方法は書いておこう。
まず戦士。これは単純に体力と筋力とを測られた。あちこちにあるポケットに鉄片を入れて重くした皮のジャケットをつけて、長さ60センチで重さ7キロの鉄の棒を片手で振り回すというもの。すぐ横で津差さんがまるで小枝か何かのように操る音にかき消されながらも、俺の棒だって早く動き、きれいに止まったと思う。体操に明け暮れていた大学時代は肉体労働に十分な下地を作ってくれていたとみえる。
以上が戦士の適性審査で屋根のついた広大な訓練場で行われていたが、ここから先の審査は場所を移して神社の境内を思わせる一角にある建物の中で行われた。内部は地上のどんな場所とも違う濃密な気配の立ちこめる空間で、昨日の合格者の中には入っただけで倒れてしまった人がいたくらいだ。ちなみにその人は失格ではなく、もっと密度の弱い場所で試験をするという。試験官の鹿島詩穂(かしま しほ)さんという女性によれば、その反応は恵まれた素質の証なのだそうだ。鹿島さんの説明によると迷宮の内部にたちこめるエネルギーを数倍濃密にした空間だとのことだった。ここで罠解除師、魔法使い、治療術師は日常の訓練を行う。つまり彼らの技術は地上では通用せず、このような濃密な気配を作っているエネルギーを利用して実現されるのだ。
ちなみにこのエネルギー、まだ科学的には判明していないらしく探索者の間じゃ『エーテル』と呼ばれている。買い取りの技術者さんの命名だそうだ。地下空間を満たしているであろうと思われる、いまだ正体不明の物質の名前としては適していると思うので俺も今後はエーテルと書くことにする。誰だ? 「え? MP回復?」 とかバカなコト言ってるのは。常識だぞ。「物理 エーテル」で検索しなさい。
罠解除師の適性検査は前方1メートルの位置に置かれた一枚の絵を模写することだった。単純なようでいてそれは難しかった。不器用だからじゃない。それ以前の問題だ。その絵までの空間を何か光を屈折させるようなものがたゆたっており、絵がゆらめきゆがみ、まともに形をとらえることができないのだ。そのゆらめきやゆがみのパターン、流れを適切に把握し対象となる絵を正確に模写できること。それが罠解除師の条件だった。
迷宮内で手に入る俺たちにとっての戦利品を、所有者である化け物たちはこのようなエーテルの流れで保護するらしい。そして不用意に触れたものにいろいろな悪い影響をもたらすのだという。そのゆがみを、指先をメスにピンセットに変えて抑え切り裂き、無力化するのが罠解除師の仕事だという。俺もなんとか描き上げることができた。一方小寺は戦士にも素養があったがこちらにはより適性があるらしく、俺では見透かすことができなかった部分もきれいに仕上げていた。
その次は魔法使いの適性審査だった。とはいえ魔法使いと治療術師は実際のテスト内容は同じで、連続で見せられた画像をなるべく正確に頭の中で再現するというものだった。面白いことに、さまざまな色、さまざまな形を正確に脳裏に描けている者ほど周りの空間を埋めているエーテルが顕著な反応をあらわして変質するのである。たとえば俺の番では俺の周辺が少し暖かくなる程度だったのに、俺の次に続いた30才ほどの女性の時には10メートル以上離れた俺たちにすら熱気が届き、俺には課されなかった二度目のテストでは一瞬にして空気が肌寒くなったのだから。こうやって魔法使いは化け物を倒す術を操るらしい。
外界の空間を変化させるのが魔法使いであるならば、治療術師はおもに物質を変化させるのだそうだ。俺には素養がないのでわからなかったが、津差さんによると『イメージすることで手のひらだけが温かくなり、昨日の土嚢を持った際の擦り傷なんかが消えていった』という。便利だなあ。
今まで半信半疑だったこと、しかし重要だったことがひとつ現実であるのだとわかった。それは、これはお遊びでもインチキでもないということだ。俺たちは(場所に限定されるものが多いとはいえ)これまでの常識を超えた技術を身につけることを要求されており、つまり、もうすぐそれらを必要とする生活になるのだ。


そうそう。昨日軽々と体力テストをパスした双子さんとお知り合いになった。笠置町翠(かさぎまち みどり)さんと葵(あおい)さんというお名前。お姉さんが翠さんで妹さんが葵さんだそうだ。あまり話せなかったが同期のよしみで仲良くしたいものだ。