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迷宮から戻ったアパートで鶏モモ肉100グラム58円とタマゴ一パック88円というビラに気づいてすぐに引き返した。同じように買い溜めする人たちが多いのだろう、普段より混雑した店内でカゴ一杯に商品を詰め込んだ。客がたくさんいただけのことはある。なかなか出会えない人間とも遭遇してしまった。
親子丼とほうれん草の煮びたし、アサリの味噌汁といういたってシンプルなご飯を囲んだ夕食の場で笠置町葵(かさぎまち あおい)は姉にそう言った。
「誰と会ったの?」
「お母さん」
ぎょっとした顔はたぶんタマゴのカートの前で自分が浮かべたものと似ているのだろう。なんといっても一卵性の双子なのだから。
「なんで? 何しにきたの?」
お仕事だって。瞬間移動で今日中に帰るって言ってた、との言葉に笠置町翠(かさぎまち みどり)はため息をついた。
「なんか、タガがはずれたって感じだねお母さん」
まったくだとうなずく。母親は普段は父と一緒に野良仕事をしており、週に二日だけ長野の町に出て習字教室を開いている。最近はその教室からでも瞬間移動の術で飛んで帰ってくるのだと父がぼやくのは聞いていた。突然、土間で爆発的なエーテルの発生が起きたら寿命も縮もうと言うものだ。このままエスカレートすれば、家から歩いて200メートルの畑にまで飛んでいきかねない。
「孝樹にいちゃんがこっちに来るってさ」
つとめてさらりと言い、姉の狼狽には気づかないふりをするために、かるくご飯をよそった。立ち上がって冷蔵庫から自家製のぬか漬けを持ってくる。姉は回復したようだった。へええ、何で? と訊く声の震えは姉妹でなければ気づけない程度のものだ。
研究用の材料を深い階層から持ち出すための部隊を組むのだそうだ。訓練場にいる基本職業の四達人プラス彼女たちの父親である魔法剣士、そして白羽の矢が立ったのが木曾でも稀有な才能と認められていた従兄だったという。水上孝樹(みなかみ たかき)というその従兄は、現在は東京で特別な馬の世話をしている。
先月にあった休み、姉は突然東京に行った。その理由を誰も面と向かって質さなかったのだが、この街の住人のあいだでは部隊の仲間の真壁啓一(まかべ けいいち)と恋仲だから二人で旅行したのだと理解されているようだった。もとより真壁はそんなことを気にするタイプでもない(それ以前に気づいていないかもしれない)から放置していたのだが、葵は違う理由だと直感していた。手をつないで育ってきた彼女には、姉が七才年上の従兄に対して抱いていた想いが感じられたのだ。彼に会いに行ったのではないか、そう推測していた。
あー、だめだ、こりゃ。まだふっきってない。
明らかに心ここにあらずの風情の姉を眺め、心中でため息をついた。そしてお茶碗のご飯を眺める。さて、これをどうやって消費しようか。すでに満腹だった。