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踏みおろした足が地面にめり込んでいる気がする。一歩ごとに背骨、腰、膝が押しつぶされて身長がちぢんでいくような不気味な想像が後藤誠司(ごとう せいじ)の心を占めていた。左の肩に担いでいた土嚢を右に担ぎなおす。最初のころは腕だけでしていたその動きも今では一度腹と腿で抱え込んでからでないとできなくなっていた。
麻美はこんなもんじゃすまなかったはずだ――まだ東京にいる内縁の妻のことを考える。神田ガード下の魔窟のような飲み屋で日本酒にやられた彼女をホテルまでおんぶして歩いたのは遠い昔の話ではない。それに比べたら、20キロの土嚢など重さのうちにはいらない。背負うという姿勢の利点、疲労を忘れさせてくれたアルコール、なにより背負っていたものが恋人だったという幸福感すべてを意図的に無視して自分に言い聞かせた。
京都市北京区に位置する迷宮街には連日30名近くの探索者が訪れているが、彼らはまず体力テストを課されることになっている。後藤がいるのはそのテストの場だった。そしてここは週明けからの彼の勤務地でもあった。これから直面するであろう困難な交渉、相手を少しでも理解できるかとの期待から、テストだけは受けることにしたのだ。20キロの土嚢をもってグラウンドを歩き続けるという単調な試験だったが、スタートの25人が昼食をとった時点で15人になっていたことが示すように相当に厳しいものだった。脱落者が不甲斐なかったのではない。後藤がインターネットで検索してすぐに出てきたように、この試験の内容と過酷さを熟知してそれでも自信を持ってやってきている面々のはずだった。25人のうち17人が男だったが、それらはほとんど後藤よりも大きな身体つきをしていたのだ。
訓練場の職員の足音が聞こえる。彼が最後尾で、彼に追い抜かれたら脱落だった。もう楽になるか――
いや、まだだ。そう思い直した瞬間に足がもつれた。派手に転ぶ。慌てて起き上がろうとして、しかし太ももは痙攣するだけで反応してくれなかった。のたうつ彼を、職員は歩を緩めず追い抜いていった。
後藤は寝返りを打って空を見上げた。交渉が難航しても腕力での解決は不可能だ。それだけはわかった。