後藤誠司

 20:12

あ、と視線を移して思った。隅のほうのテーブルで食事を取っている男性、あれは。 話したいな。しかし親しい相手でもないし。そう思っていると近くを北酒場のウェイトレスが通りがかった。手には刺身の盛り合わせ。それはどこの? と尋ねるとあなたたちのと…

地上で待機していた高田&星野隊すら臨時に出る必要がなく、第二期の一〇部隊による第一層の移動護衛だけで工事が全て終了した。最終日、一番大変だと思われていた第四層だったけれどもたくさんの助っ人のお陰で無事に済んでよかったと思う。俺も午後から詰…

 11:00

好きか嫌いかで分けるなら好きの部類に入る男だ。それでも娘たちが結婚したい相手として連れてきたとしたら悩むところでありやんわりと反対するだろうというのが、迷宮探索事業団の理事である笠置町茜(かさぎまち あかね)が死体買取の責任者である後藤誠司…

 14:35

会話をしたことはなかったが面識はあった。先月の半ば頃、探索者の救助にすこし協力した際にその場にいたからだ。その翌日にも妻と食事をしているときに女帝真城雪(ましろ ゆき)にくっついて挨拶にきたはずだ。理事の娘で――名前は、翠。そう。笠置町翠(か…

 22:05

わざわざありがとう、と礼を言って電話を切る。そして大沢真琴(おおさわ まこと)はため息をついた。迷宮街にいるはずの知人の消息、もしやと思って尋ねてみたがやはり知らないという。仕方のない話だった。小さいとはいえ街なのだから。 彼女が迷宮街に向…

 19:32

「だいぶお疲れじゃありませんか?」 高田まり子(たかだ まりこ)の気づかう声に後藤誠司(ごとう せいじ)は首を傾げたが、同席の三人はうなずいた。相変わらずの酷薄な人相、なんとか和らげようという努力がほほえましい顔は相変わらずだったけれど、北酒…

 11:47

どんなにきっちりとルールが決められていても、いや、決められているならなおさら細かなところで目こぼしの余裕は必須だと巴麻美(ともえ あさみ)は考えている。それは事務員でも同じこと。違うのは、事務員相手のお目こぼしはささやかなもので済むというこ…

 19:01

資料室から漏れてくる不審な音で三峰えりか(みつみね えりか)は目を覚ました。寝てしまっていたことに気が付いて、慌てて顔の下に敷かれていた手紙を見下ろす。よだれの跡がついていないことにほっとした。自分は寝言もいびきもないけれどそのかわりよだれ…

 10時29分

その言葉を待っていたのよ、と巴麻美(ともえ あさみ)はお茶を飲み込んだ。そして小さく息を吸い込み、愚痴の最初を切り出した。そりゃあたしだって、実家に帰ってのんびりおせち食べたかったわよ。東京に二人でいるよりはご飯出てくるところでお酒飲んでる…

今年の探索はすべて終了。昨日も書いたように今日は第二層までの探索とエディの部屋だけで早めに終わらせた。もう年末だからだろうか? エディの部屋も新参(といっても、俺たちと一ヶ月弱しか違わないんだけど)の部隊が二部隊いるだけだった。彼らは地力が…

『ノーモアクリスマス!』 パレードは首謀者の真城さんが突然「いやホントごめん! マジで! あとよろしく!」と言いながら裏切ったものの、参加人数24人と犬3匹という立派な成果をあげた。馬鹿ばっかりだ、この街。先頭は真城さんに選んでもらった高級服に…

 10:47

後藤が勤める会社は商社だったし、何しろ前代未聞の分野だったので製品抽出に適した研究機関はもっていなかった。だから迷宮出入り口に併設されたそれはこの街の構想ができあがった一昨年の冬から急遽、国内各研究機関から人員と機材を集めるかたちで成立し…

日陰の雪もほとんど溶けた暖かい一日。 常盤くんからメールあり。以前書いた、事故を起こして意識不明だった彼らの友達が亡くなったのだそうだ。今日が本通夜、明日は葬式だけど明日の午後中に帰ってくると言っていた。残りの四人で話し合った結果、水曜日は…

 19:17

思っていたよりも、と巴麻美(ともえ あさみ)は目の前の夫、後藤誠司(ごとう せいじ)に感想を告げた。夫といってもまだ籍は入れていない。麻美の両親が古風なため(後藤は若い頃に両親とも死別していた)に、籍を入れるのは式が終わったあとだと譲らない…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

 11:47

目の前でいらいらと携帯電話を耳につけているのは、この街の探索者でも重要人物の一人、真城雪(ましろ ゆき)だった。彼女については特別なファイルが編集してある。いわく、最強の戦士の一人。いわく、この街での最高権力者で通称『女帝』。いわく、唯一ロ…

 11:19

電話が鳴った。自衛隊の詰め所に設置されたそれは迷宮内部からの直通電話だった。一般人である自分がとっていいものだろうか? と後藤誠司(ごとう せいじ)は一瞬だけ考えた。いや、いいのだ。迷宮内部から電話をかけるということは、大抵の場合「○○の部隊…

 10:12

初日に挨拶した若い娘が謝りながら飛び込んできた。そして自分の姿を見て立ちすくんだ。確か三峰えりか(みつみね えりか)という名前だったはずだ。社内名簿のファイルによれば二五才、神戸の大学院を卒業してすぐ技術者として入社し、昨年の探索開始からこ…

星野幸樹 様 高田まり子 様 真城雪 様 湯浅貴晴 様 おはようございます。桐原@東京です。東京は今日はどんよりと曇っています。午後からは晴れるらしいのですが、気温のほうはいよいよ冬本番という印象です。京都はいかがですか? さて本題ですが、昨日夜、…

 12:12

緊張を解いたのは「しなの」が発車して10分は経った頃だった。それまでなんとなくあの男女の支配圏にいるような気がしていたのだ。雪が降っていた場所にいたというのに、手のひらにはびっしょりと汗。 もともと事業団から金を引き出そうとは思っていなかった…

 10:39

木曾の山はもう雪に包まれている。普段だったら都市部に出稼ぎ(各地の町道場へ稽古をつけに)行くべき時期だったが今年もそれはしないでよさそうだった。ささやかながら事業団理事の報酬もあるし、一年目のハウス栽培のイチゴは目が離せない。これが軌道に…

 13:07

午前中で迷宮探索事業団の事務方ならびに計量部門の技術者たちとの挨拶を済ませ、後藤誠司(ごとう せいじ)は事務所の自分の椅子に深くもたれた。ぎ、と嫌な音がする。その音に眉をしかめてから室内を見回した。せいぜい一〇坪程度のその部屋が、世界にたっ…

 14:31

踏みおろした足が地面にめり込んでいる気がする。一歩ごとに背骨、腰、膝が押しつぶされて身長がちぢんでいくような不気味な想像が後藤誠司(ごとう せいじ)の心を占めていた。左の肩に担いでいた土嚢を右に担ぎなおす。最初のころは腕だけでしていたその動…

 16:22

まだ日の高い午後四時だというのに店内は半ば以上が埋まっていた。さらにソファ席から届いてくる笑い声は彼らが十分に酔っていることを想像させる。見知った顔が開いたドアの下にある自分を見て凍りついた。新郎の上司にあたるその顔は田垣功(たがき いさお…

 18:30

「最近すっかり腰が痛くてねえ」 義理の父になる予定の男性のそんな言葉に不思議な既視感を覚えた。義理の兄になる男性がそれをたしなめる。毎日働きもせずごろごろして、それでいて飯だけはたっぷり食ってりゃ身体も悪くなる、腰なんかはらぺこでぐっすり寝…

 19:01

「巴でございます」 『あ、お母さん? 麻美です』 「麻美! おまえまったく連絡よこさんと、元気にしてたの?」 『うん、元気。あのさ、今度の日曜日にちょっと帰ろうかと思ってるんだけど、二人ともいる? お兄ちゃんもいたほうがいいかも』 「なに、服買い…

 14:25

今年から開始したハウス栽培の苺はどうにか売り物になってくれそうだった。これで来期にはもっと作付けを増やせるだろう。 竹で編んだ籠に農具をつめ、満足しつつ家に戻った笠置町隆盛(かさぎまち たかもり)を見知った顔が出迎えた。おお、と笑顔を浮かべ…

 18:37

連休のうちに電話で快諾を伝えてはいたが、それでも出勤して立ち上げたグループウェアソフトに自分の辞令を知らされたときにはさすがに言葉に詰まった。 後藤誠司。 一二月一五日付けをもって右を関西営業部京都支店迷宮街出張所長に命ず。 懇意にしている田…

 10:24

自動ドアからこぼれてきた空気は暖かく、巴麻美(ともえ あさみ)はほっと息をついた。ここ数日というもの関東地方には寒冷前線が停滞しており、少しおおげさかと思った冬物のコートも内側がニットのノースリーブのセーターでは少し物足りないくらいだったの…