巴麻美

 11:47

どんなにきっちりとルールが決められていても、いや、決められているならなおさら細かなところで目こぼしの余裕は必須だと巴麻美(ともえ あさみ)は考えている。それは事務員でも同じこと。違うのは、事務員相手のお目こぼしはささやかなもので済むというこ…

 19:01

資料室から漏れてくる不審な音で三峰えりか(みつみね えりか)は目を覚ました。寝てしまっていたことに気が付いて、慌てて顔の下に敷かれていた手紙を見下ろす。よだれの跡がついていないことにほっとした。自分は寝言もいびきもないけれどそのかわりよだれ…

 10時29分

その言葉を待っていたのよ、と巴麻美(ともえ あさみ)はお茶を飲み込んだ。そして小さく息を吸い込み、愚痴の最初を切り出した。そりゃあたしだって、実家に帰ってのんびりおせち食べたかったわよ。東京に二人でいるよりはご飯出てくるところでお酒飲んでる…

『ノーモアクリスマス!』 パレードは首謀者の真城さんが突然「いやホントごめん! マジで! あとよろしく!」と言いながら裏切ったものの、参加人数24人と犬3匹という立派な成果をあげた。馬鹿ばっかりだ、この街。先頭は真城さんに選んでもらった高級服に…

 19:17

思っていたよりも、と巴麻美(ともえ あさみ)は目の前の夫、後藤誠司(ごとう せいじ)に感想を告げた。夫といってもまだ籍は入れていない。麻美の両親が古風なため(後藤は若い頃に両親とも死別していた)に、籍を入れるのは式が終わったあとだと譲らない…

 14:31

踏みおろした足が地面にめり込んでいる気がする。一歩ごとに背骨、腰、膝が押しつぶされて身長がちぢんでいくような不気味な想像が後藤誠司(ごとう せいじ)の心を占めていた。左の肩に担いでいた土嚢を右に担ぎなおす。最初のころは腕だけでしていたその動…

 16:22

まだ日の高い午後四時だというのに店内は半ば以上が埋まっていた。さらにソファ席から届いてくる笑い声は彼らが十分に酔っていることを想像させる。見知った顔が開いたドアの下にある自分を見て凍りついた。新郎の上司にあたるその顔は田垣功(たがき いさお…

 18:30

「最近すっかり腰が痛くてねえ」 義理の父になる予定の男性のそんな言葉に不思議な既視感を覚えた。義理の兄になる男性がそれをたしなめる。毎日働きもせずごろごろして、それでいて飯だけはたっぷり食ってりゃ身体も悪くなる、腰なんかはらぺこでぐっすり寝…

 19:01

「巴でございます」 『あ、お母さん? 麻美です』 「麻美! おまえまったく連絡よこさんと、元気にしてたの?」 『うん、元気。あのさ、今度の日曜日にちょっと帰ろうかと思ってるんだけど、二人ともいる? お兄ちゃんもいたほうがいいかも』 「なに、服買い…

 18:37

連休のうちに電話で快諾を伝えてはいたが、それでも出勤して立ち上げたグループウェアソフトに自分の辞令を知らされたときにはさすがに言葉に詰まった。 後藤誠司。 一二月一五日付けをもって右を関西営業部京都支店迷宮街出張所長に命ず。 懇意にしている田…

 10:24

自動ドアからこぼれてきた空気は暖かく、巴麻美(ともえ あさみ)はほっと息をついた。ここ数日というもの関東地方には寒冷前線が停滞しており、少しおおげさかと思った冬物のコートも内側がニットのノースリーブのセーターでは少し物足りないくらいだったの…