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緊張を解いたのは「しなの」が発車して10分は経った頃だった。それまでなんとなくあの男女の支配圏にいるような気がしていたのだ。雪が降っていた場所にいたというのに、手のひらにはびっしょりと汗。
もともと事業団から金を引き出そうとは思っていなかった。引き出そうにもそこに金はなかったからだ。昨日はそれを残念に思った。というのも北酒場で探索者たちを眺めて痛感したのだ。こいつらと団体交渉したら胃に穴があくと。
その戦闘能力、生命力に対しての自負がそうさせるのだろうか? 探索者たちは一様にいさぎよく、芯が強そうだった。さすがは自分があえなく沈没したテストを潜り抜けてきた者たちだと思った。
しかし、理事の笠置町夫婦と対面して談笑した今ではそれでも探索者たちの方がましなのだとわかる。探索者たちはあくまで人間だ。しかし理事たちは――もちろん人間だ、人間なのだが…・…はたして相手も同じく自分を人間だと思ってくれているか? なんだか不気味な不安を感じる。
できることからやっていこう。東京で数種類の化学成分についての価格交渉と最新の需要傾向を調べ、そして時間があればもう一つの目的も果たしたいところだ。
最初から飛ばしすぎだろうか。少し反省する。
それでも東京に戻れるのならよしとする。テストからこちら、めまぐるしく物事が動いて少し疲れていた。妻の隣りで一息つきたかった。