17:57

斬撃のたびにあげられる気合の声も甲高く感じられる。進藤典範(しんどう のりひろ)は少し苛立って木剣を弾いた。軽くないだつもりだったが、最近自分の筋肉は予想以上に大きな力を出すようになっている。相手の木剣が手から離れ転がった。海老沼洋子(えびぬま ようこ)はすぐに木剣を拾うでもなくその手のひらを憎々しげに睨んでいた。
「終わりにするか? 昨日の今日で疲れが抜けていないだろう?」
海老沼はのろのろと木剣を取り上げると、また進藤に向き直った。その瞳には悔しさが燃え上がっている。悔しさと、怒りが。何に対してかはわからない。自分の無力に対してであってほしいと思う。
もう悲鳴だかなんだかわからない声で大上段に振りかぶった。進藤はかっとなって強めに胴を打った。命が惜しければ大上段からの攻撃はやめること、それは放任主義の教官がわざわざ教える鉄則だった。そんなことも忘れるほど、冷静さを失っているのか。女戦士は痛烈な打撃にうずくまる。そして自分を見上げる顔には――非難の色。どうして自分は責められなければならない? 進藤は怒りよりも戸惑いを感じた。
一二月も半ば、自分が試験をパスした日は合格者はたった二人だった。自分と目の前の女だ。テスト生の証明書と北酒場木賃宿の場所だけを知らされて迷宮街に放り出された二人がその日一緒に行動したのは当然のことだった。翌日の属性と職業決定もいっしょに行動した(二人だけではなかった。前日に教官が地下に潜っていたとかで、二日分の合格者一二名がその場にいた)のも当然だった。しかし、その流れのまま部隊を組んでしまったのは正しい判断だったのだろうか。
訓練場は学校の体育館のような形になっており、出入り口のほかにも東西に外に出られる扉があった。零度近い地下で戦う状況を再現するために真冬でも全て解放されていた。自分かなり苛立っている。頭を冷やした方がいいだろうな、と視線をその扉の一つに向けた。そこからはグラウンドが見える。そこでは新規探索者の試験が行われて、まさに結果が出たようだった。女性だろうか? 小柄な人影が飛び跳ねている。試験に合格したのだろう。あの重労働のあと寝転がらずに飛び跳ねられるなんてタフな女性だ。
また、甲高い声。ぐっと下半身に力をこめると低く身体を落としてその声に向かってタックルした。筋肉質だがあくまで華奢な女性の身体を肩に感じる。みぞおちに肩を入れられて呼吸が止まり脱力した身体を軽々と持ち上げた。受身を取れ、と冷たく命じて地面に叩きつけた。すぐ近くで訓練している古参の戦士がギョッとしたようにこちらを眺める。
今日は終わりにしよう。やさしくすらある口調で告げてタオルを取りに歩いた。
あの、小柄だけどタフな女性。あの女性はどんな職を選ぶつもりだろうか? もしも戦士を考えるなら、止めてやりたい。やはり女では、よほどの事がなければ成功するのは無理なのだ。同日に合格した二人にすでに歴然として生まれた差がそれを証明していた。