進藤典範

 18:30

その顔色を見て、真壁はいかん、と思った。首筋まで真っ赤な児島貴(こじま たかし)はもうすぐ人語を理解しない状態になり、そして常識を理解しない行動をするようになる。 「いろいろありがとうございました」テーブルに身を乗り出して児島に怒鳴った。隣…

 17:21

顔なじみの買取担当の娘が手元に回されてきた紙片に目を落とした。そして表情がこわばり、普段なら読み上げる紙片をそのまま差し出した。どれどれ、と進藤典範(しんどう のりひろ)はそれを覗き込んだ。そして娘の絶句の理由を知った。 商社が設置したゴン…

地上で待機していた高田&星野隊すら臨時に出る必要がなく、第二期の一〇部隊による第一層の移動護衛だけで工事が全て終了した。最終日、一番大変だと思われていた第四層だったけれどもたくさんの助っ人のお陰で無事に済んでよかったと思う。俺も午後から詰…

 13:00

完成! 嬉しそうな声に、油断なく濃霧地帯に置いていた視線を後ろにやった。事業団理事で優れた魔女である笠置町茜(かさぎまち あかね)が設置なったゴンドラの中で笑っている。すでに第一層の工事は終わっており、その場には進藤典範(しんどう のりひろ)…

 二一時一七分

仲間たちが怪物を意識し警戒できるのは視界に入ってからのこと。数度の探索でそれはわかっていた。しかしこの濃霧地帯においては仲間たちの視界は著しく狭く、よほど近づかない限り警告しないことにしていた。往来する怪物たちの集団、その行動からこちらの…

 07:12

ゆっくりと上げた脚、かかとが天に向いた。片足は大地に、片足は天にと伸ばされた黒田聡(くろだ さとし)の身体はまるで一本の棒のようにも見える。精鋭四部隊の中では『地下限定で』最強の戦士と呼ばれていた黒田だったが実際の身体能力は垂直に上げた脚が…

また訃報。進藤くんの部隊の海老沼さんと斎藤直哉(さいとう なおや)さんがそろって死んだ。まず海老沼さんがクンフーの集中攻撃で首の骨を折られ、地上へと急ぐうちに斎藤さんが魔法攻撃を受けたのだという。斎藤さんの死は、きちんと負傷を回復させておか…

 18:35

本日の探索者が使用した剣とツナギが大量に運ばれてくる。山積みになったそれを目の前にして片岡宗一(かたおか そういち)は二人の若者に視線を送った。一人がタグを読み上げつつそれを片岡が見やすいように掲げ、片岡が決めた担当の鍛冶師をもう一人がタグ…

仲間うちでの了承も取れ、いよいよ日記の迷宮街開放。ここでは親しい人以外には単に掲示板に書き込むだけで済まし、俺の最終日二六日までは苦情を受け付けることにする。ここでいう数人の親しい人というのは真城さんと津差さん、あとは掲示板を見ない可能性…

普通夢なんてものは起きて十秒も覚えていないもの(少なくとも俺はそうだ)だけど、その朝のいやーな汗にまみれた夢ははっきりと覚えている。第四層を上から見下ろしていた。葵らしき真っ青のツナギをつけた誰かが誰かを抱き起こし、覆い被さる青柳さんの黒…

 09:23

前に打ち合ったのはたしか先週の半ばだったはずだと思い当たり、進藤典範(しんどう のりひろ)の背中に冷たいものが走った。その時にもとてもかなう気がしなかった巨人は、今はもうなんだか別のひどく遠いものになってしまったような気がする。訓練用の木剣…

今日から迷宮街内部限定で日記の一般公開だ。とりあえずは部隊の仲間たちにパスを教えて見てもらっている。みんなにやにやしたり奇声をあげながら読んでいた。まあ、読み返してみると密度濃く行動した相手は翠以外にはいないし、彼らには懐かしい日々を再確…

 10:25

左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を…

今日は進藤くんと海老沼さんに稽古をつけてあげた。進藤くんはその体格もあってまったく問題なし。運動神経もいいみたいだし、あとは慎重に場数を踏むだけだろう。でもまあ、改めて思うのは津差さんのすごさだな。巨大な進藤くんよりも津差さんはまだ七セン…

 23:29

「あ、啓一なんかかっこいいこと言ってるぞ」 「うわ、映った」 「つか真壁くん、なんか2ちゃんで知られてるぞ」 「え? マジすか?」 「・・・なに? ここの日記書いてんの? しかも実名?」 「ゲ」 「なに? 俺も出てんの? 啓一」 「えーと、書いてます…

 23:27

真壁啓一(まかべ けいいち)が怪訝そうに声を上げた。 「あれ? 真城さんのヒョウ柄って地下用ですよね? カラビナついてるし」 両手をあけながら大量の食料や救急用品などを持ち歩かなければならない地下行動時に使用するツナギには、円形のカラビナと呼ば…

 22:45

うわあ! と進藤典範(しんどう のりひろ)は声を上げた。木賃宿の二階、いわゆる『男モルグ』と呼ばれているフロアに置かれているテレビの前を見てのことだ。普段は二〜三人が座っているだけのソファにはぎっしりと男女あわせて六人がならび、その足元にも…

 16:13

階段を下りてゆくと好きな俳優の声が聞こえてきた。木賃宿の二階と三階は二段ベッドが並ぶモルグと呼ばれるフロアだった。どちらにもテレビが設置されており、常に何かしらの番組が映し出されている。いつも可笑しく思うのは、ここでもまたほとんどの時間は…

今年初めての探索は悪くない成果で終わった。第二層、延々と続く降り口への道で化け物たちに出会わなかったのが大きい。ほとんど消耗せずに第三層に到着した。まずは真城さんたちから依頼されていたことを済ませる。例の、西野さんと鈴木さんが登ってきた縦…

 10:37

地下に住む化け物たち、ありとあらゆるデータに疑問符が塗りたくられている生き物たちとはいえ同じく生物である以上(一部生物ではなかったが、運動する物体である以上)なんとなく強弱はわかるものだ。青鬼は赤鬼に比べて背が高くがっしりしており銅剣も長…

 17:57

斬撃のたびにあげられる気合の声も甲高く感じられる。進藤典範(しんどう のりひろ)は少し苛立って木剣を弾いた。軽くないだつもりだったが、最近自分の筋肉は予想以上に大きな力を出すようになっている。相手の木剣が手から離れ転がった。海老沼洋子(えび…

トーナメントを書き出した模造紙の前で進藤典範(しんどう のりひろ)は立ちすくんだ。寸前まで楽観視していた。訓練場では自分はそれなりだと理解している。優勝はもちろんムリでも組み合わせ次第なら二回戦くらいまで進めるのではないか? そう思っていた…

ゆっくりと上げた脚、かかとが天に向いた。片足は大地に、片足は天にと伸ばされた黒田聡(くろだ さとし)の身体はまるで一本の棒のようにも見える。精鋭四部隊の中では『地下限定で』最強の戦士と呼ばれていた黒田だったが実際の身体能力は垂直に上げた脚が…