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どうして子どもたちになつかれるのだろう? とは笠置町葵(かさぎまち あおい)の積年の疑問だった。子どもの相手がうまいわけでもなく笑顔がいいわけでもなく、それでも近所や親類の子どもたちにはよくなつかれた。今日も正月とて集まってきていた子どもたちがデパートへ買い物(お年玉をもらったからね)に出てようやく息をつけた。
大変だったねえ。通りがかった双子の姉がちょっとうらやましそうな表情でオレンジジュースのコップを置いてくれた。一卵性双生児だから同じ顔なのだが、姉の方はまったく子どもたちに人気がない。怖がられているみたいだ。どちらかといえば、自分より姉の方が子どもたちに対して穏やかに接するのだが。
姉と入れ替わりに下川由美(しもかわ ゆみ)が入ってきた。従兄の水上孝樹(みなかみ たかき)の婚約者で、昨年末から挨拶も兼ねて本家に泊まっている。午後には東京に戻るから挨拶に来たのだろう。するりとコタツに足を差し入れて、「ほりごたつー」と嬉しそうにつぶやくのももう何度目だろうか。ずっとこの山里で暮らしてきた葵には当然のものだったから、この義理の従姉になる女性の喜びようがおかしくもありくすぐったくもある。下川はみかんを一つ手にとって丁寧に剥きはじめた。そして、小声で自分の名前を呼ぶ。なんだろう? ささやき声に近い言葉が聞こえるように、顔を彼女のそばに寄せていった。
「翠ちゃんてさ、孝樹のこと好きなんじゃない?」
反射的にのけぞり、その顔をじっと見た。自分の直感が正しいかどうか、好奇心のある顔だ。心配ではなく。三歳年上、そして社会人としてもう四年過ごしているという。人生の先輩に甘えることにした。
「子どもの頃からあこがれてました」
「あー、気のせいじゃなかったか・・・。孝樹はああだから気づいてないよね。他のひとは?」
みんな、私たちが子どもの頃から見ているから、と答えた。気づいているのは自分と母だけで、心配している。
下川はうなずき、眉をきゅっと寄せた。こうすると年齢よりも年上に見える。私は心配していいのかな? 警戒しないといけないのかな?
「心配って誰に対してですか?」
「翠ちゃん。――いや、ね。はじまりが気になってたの。そりゃ孝樹にもいいところの一つや二つはあるから、好きになる子が現れてもおかしくないしそれが従妹でもおかしくないわ。けど、それは翠ちゃんがいろいろな男性を見て比べた上でならの話であって、子どもの頃の憧れが二一歳にもなって続いてたら、翠ちゃんのためによくないと思うの」
ああ、この人は心配してくれている。葵は嬉しかった。もちろん心配していられるのは自分の立場に自信があるからだ。まだスタートラインにもついていないこの状態を恋愛ゲームに例えるとしても、自分の勝利が揺るがないことを確信しているから心配できるのだ。だからこそ姉の最初の失恋に一番塩を塗りこめる立場のこの人が、姉を思いやってくれることが嬉しい。
ねえねえ、真壁くんてのはどうなのよ。翠ちゃんがとっさに名前出すくらいなら親しいんじゃないの? 翠ちゃん綺麗なんだから、その子をそそのかせばどうにかならない?
「いや、ちゃんと彼女いるんですよ。熱愛中のが。いなけりゃほっといてもまとまると思うんですけど」
うまくいかないね、と由美は苦笑した。ま、協力できることとか相談したいことあったらいつでも言ってね。その言葉にありがとうございますと頭を下げた。