17:45

約束の場所には一五分前に着いた。もう、この距離を自転車で走らなくなって四年経つ。しっかりと時間を読み違えてしまった。寒いなあ、いやだなあ、退屈だなあと最後のカーブを曲がって開けた駅前には見知った人影が一つ。よかった。これで退屈だけは紛らわせる・・・。
「克巳ー!」
神野由加里(じんの ゆかり)は大学の同級生でもある男に声をかけた。ポストに寄りかかってタバコをくわえていた二木克巳(にき かつみ)がその声でふりむく。かすかに笑いうなずいた。
神野も時間を読み違えたか。そばに停まってすぐに投げかけられた質問にうなずき、克巳も? と訊くと道が舗装されててあっというまについちまったと苦笑した。変わったなというつぶやきに、まるで別の町だよと答えた。四年見なければ、政令指定都市ベッドタウンなどというものはすっかり様変わりしてしまうものだった。ずっと住んでいる友達はみなそれを嬉しそうに、少なくとも迷惑ではないように語る。しかしそれは、日々変わりつつある風景を見つめて少しずつの変化を少しずつ受け入れた人間だからもてる感想なのだ。自分のように、たまに訪れた人間はその不在の間に景色が変わってしまったという現実を突きつけられるのだ。そこに自分が抱いていた思いなど全て無視した結果だけを。そして、日々その暮らしに関わっていない自分には畢竟不満を抱く資格などはないという事実も同時に思い知らされる。少しだけ血の気が引くような孤独感。
人間も同じだ、と由加里は目の前の男を見た。二木からの年賀状は、彼が趣味でしているハイキングの写真が使われていた。日付は10月26日。11月1日よりも少し前。そこに写っている男は目の前の男より少し痩せていたし、その頃は髪の毛はボウズだったがいまは少し長い。すぐ記憶にあった友人の顔とその顔を見比べて、正月の朝は笑ったものだった。その小さくない変化を由加里がすんなりと受け入れられているのはその間、ちょくちょく顔を合わせていたから。大学で、ゼミで、あるいは退屈している由加里を二木が連れ出して遊びに行った先で。時が経てば誰でも変わるなんてことはわかっている。でも自然に受け入れるためには一緒にいなければならないんだと痛感したのはこの年末のことだった。
「実家の方、お客さんで大変なんだって?」
「へ? なんで?」
きょとんとした二木の顔。由加里は首をかしげた。
「啓一が克巳の家に泊めてもらおうと頼んだら拒否されたって泣いてたよ」
心なしか同級生は動揺したようだった。
「ああ、あれね。二日か三日かな? あの頃は立てこんでたわ。今日は静かなもんだけど」
年末、啓一に会ってきたんだろう? 元気にやっていたか? 質問ににっこりとうなずいた――うなずこうとした。元気だったよ。かなりマッチョになってたのと、結構傷ができてた以外は変わってなかったな。あんまり。
「あんまり、か」 二木はつぶやいた。
「仕方ないよ」
そう。仕方ない。まだ当面恋人の生活は京都に、自分は東京にあるのだ。ずっと一緒にいるという選択ができない以上、変化を受け入れられなくてどうする。今後いつまでその関係が続くかわからないのだから、音を上げるわけにはいかない。社会人になればこの距離は縮められるだろう。自分だって収入が増えるし、喜んで恋人は金を出すはずだ。
そりゃ変わるよな。二木のつぶやきを聞く。毎日命がけなんだもんな。その言葉にはっとした。
「ん? どうした? なんか悪いこと言ったか?」
気を使う顔に笑顔で首を振る。気がつけば両手のひらをしっかり握り締めていた。ずっと認めたくなかったその事実を親友が言い当てたのだと気づかせてはならない。彼は気に病むだろう。
自分と恋人との距離は京都と東京という地理的なものではない。自らのために探索者としての人生を選んだ人間と、それを決して選べない人間の距離なのだ。
――お金じゃ解決できないよ、これは。空を見上げるとぱらぱらと小雪