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うわあ! と進藤典範(しんどう のりひろ)は声を上げた。木賃宿の二階、いわゆる『男モルグ』と呼ばれているフロアに置かれているテレビの前を見てのことだ。普段は二〜三人が座っているだけのソファにはぎっしりと男女あわせて六人がならび、その足元にも銀色のマットを敷いて座り込んでいるものもいる。そしてソファの周囲にはずらっと人だかりができていた。
「ここには誰も来ないと思ったんだけどなあ」
俺もだよ、と星野幸樹(ほしの こうき)の部隊の戦士である葛西紀彦(かさい のりひこ)が苦笑した。彼は第一期の最精鋭の戦士だから当然としてソファに座っている。膝の上にノートパソコンを広げ、背後からそれを二人ほどが覗き込んでいる。
仕方ないな、と苦笑して肩がけにしていた袋の口をあけた。ペットボトルのお茶と紙コップを取り出してから、念のためにと入れておいた折り畳みの椅子を取り出す。準備いいな! と真壁啓一(まかべ けいいち)――第二期最強と呼ばれる戦士の一人で、床に敷かれた銀マットの上であぐらをかいている――が笑った。
「いいでしょ。釣りの必須アイテムですよ。ところで葛西さんは何をしているんですか?」
ああこれ? という返答はネット上の匿名掲示板にアクセスしているのだという。匿名掲示板にはテレビに対して実況をする人たちがいるのだそうだ。せっかく自分たちが映るのだからリアルタイムで感想を見るのもいいと思ったのだ。
へええ、と周りの人間も画面を覗き込む様子を眺めていたら、「これいいな」と聞きなれた声がした。探索者屈指の巨人・津差龍一郎(つさ りゅういちろう)だった。進藤は振り向き顔がこわばった。
釣り人の必須アイテムである折り畳みの椅子の上に巨大な身体が座り込もうとしていた。
「津差さん動くな!」
必死の思いで叫ぶ。座っちゃダメだ。それは自分のだとか人のものを取っちゃいけないとか言う以前に津差さんがそれに座るというのは間違ってる。それ上州屋で一個三百円だったんだぞ。
「ああ、大丈夫だろう。こう見えても俺、結構軽いぞ」
ぎし、といやな音をさせて津差の顔の高さが落ち着いた。快適快適、という言葉の二つ目の「て」までは発音しただろうか。ぐしゃりとしか表現できない音とともに津差は床の上に座っていた。折りたたみの椅子はその巨大な尻に隠れて見えなくなってしまっている。
「進藤よう」
申し訳なさそうな津差の声。進藤はなんですか? と訊きかえした。
「これ、安物だよ」
「・・・俺もそう思います」