13:35

たぶんビンゴですよ水上さん。作業員たちがプロの面目躍如であっという間に広げて二人ずつなら通れるようになった空間に入り込んですぐ、常盤浩介(ときわ こうすけ)が言った言葉だった。壁を抜けたそこはかなり広くまっすぐに東に向かっている。ヘッドライトでかすかに照らされる程度に両側の壁は広かった。ビンゴの理由をおねがい、とリーダーである真壁啓一(まかべ けいいち)が促すと常盤は続ける。
「いくつかの点で変なんです」
まず一つは小動物の気配に至るまで感じられないこと。
そして一つは――床の一端をライトで照らす――あそこ、おそらくおおきな出っ張りがあったのに均されてます。歩くのに邪魔だからです。明らかにここを平らで集団が歩きやすい場所にしたい意志があるということ。
そして何よりも、前方からとんでもない質量のエーテルが吹き寄せてます。児島さん、葵ちゃん気をつけて。ここで術を使ったら通常の何割増しかになると思うよ。二人も緊張で青白い顔で頷いた。彼らにもわかるのだろう。
小動物の気配に至るまで? と訊きかえした言葉に頷きが返ってきた。ええ。怪物の気配もまったく――言葉がやむ。
「どうした?」 児島貴(こじま たかし)の言葉を受けて、問うような視線を真壁にあてた。言ってみろ、という思いを込めてうなずいた。
「この通路の突き当たり、距離50メートルくらいのところに生き物がいます。全部が俺たちより一回り大きなサイズの、今まで見かけなかった感じです。それ以外のエネルギーがあんまり濃密なんでこの距離まで気づきませんでした。数は30匹ほど。こっちを警戒しているようですが、攻めてくるつもりもないようです」
そして、勘ですけど何かを守っているんじゃないかなと付け加えた。
真壁は水上孝樹(みなかみ たかき)に視線を送った。自分とは天と地ほどに実力が違う戦士は肩をすくめた。俺は考えないよ。君が死ねといったら死ぬから遠慮なく言ってくれ。他の皆が一斉に頷く。
真壁は考え込んだ。これまで出会ったことのない種類の生き物、そして何かを守ってでもいるような布陣。何かに執着しているような怪物たちの攻勢。そういった全ての鍵は、目の前にいる化け物たちが握っているように思える。問題は奴らをどうするかだ。第三層が精一杯の自分たちの部隊、強力な戦士二人にドーピングされているとはいえ攻め込むのは荷が重いのではないのか。幸い、物音から察する限りでは化け物たちの攻勢はやんでいるようだ。一度戻り最強の布陣で望むべきではないのか。
肌を何かが通り過ぎていった。真壁さん! と術師三人となぜか水上が自分の腕を掴んだ。
「奥から俺たちの来た方に何か飛んでいきました」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、もときた方向からときの声が聞こえてきた。硬直している集団をよそに、再び戦闘の音が響き渡った。
「勘だけで指示して本当に申し訳ないと思います。でも、今の攻勢は奥にいる何かが命令を飛ばしたからのような気がします。奥にいるのがそんなに重要な存在なら、殺さないといけない。そして今はどうやら時間がありません――」
「ひとことで言え。俺たちをなめるな」
低い声は頭一つ高いところから降ってきた。大型の草食獣の穏やかさをイメージしていた巨人、今まで一度も目が合ったことのない彼の射抜くような視線とはっきりした言葉。真壁は気おされ、つばを飲み込んだ。
「奴らを殺します。死んでください。俺が死んだら常盤が指揮をとって逃げるように」
返事は待たず走り出した。