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熱意に満ちた顔が再び意見を上げに来た。この男は、とその正義感は好ましく思いながらも苛立ちを抑えられない。星野幸樹(ほしの こうき)は部下にあたるその士官を睨んだ。
「俺たちにも防衛に加わる許可をください!」
かましい、と取り付く島なく無視する。この場ではあいつら探索者のほうがお前らより強いって事実を認めろ。
しかし彼らも国民でしょう!? というその声はもう悲鳴に近かった。彼らが命をかけているのに――壁際に積まれ、保護色のカバーがかけられた小山を見て言葉が詰まった。手を伸ばしてその襟首を掴み、顔のぎりぎりまで引き寄せる。うろたえる表情を睨み据えた。
銃剣道でなんとかなる相手じゃねえぞ? お前らが貢献するには銃を使う必要があるが、お前が懐に持ってる銃も弾も火薬もお前のものじゃねえんだよ。任務に使うために国から貸されたものなんだ。そして任務にはあいつらの命を守ることは入っていない。こんなことで弱音吐くな」
そして乱暴に突き飛ばす。
「その弾は探索者の壁が崩れた時に使うもんだ。そしてそのときはまだ俺たちの中でまだ生きてる奴らがいても気にせずなくなるまで撃ち尽くせ。今吼える力があったらその覚悟練っとけ」
「星野さん、今のは失言ですよ」
聞きなれた声に視線を向けると二人の男が歩いてきていた。ツナギは返り血に汚れているがまだまだ二人とも無事な様子である。片方は第二期の戦士の一人で真壁啓一(まかべ けいいち)、もう一人は理事の甥だとかいう水上孝樹(みなかみ たかき)という戦士だそうだ。水上とは初めて会話するが、身のこなしからわかるその実力に背筋が伸びた。士官を突き飛ばすと彼は来客に遠慮して立ち去っていった。
「『俺たち』の中でまだ生きている奴、って星野さんを探索者に数えないでください。星野さん撃ち殺していいわけないでしょ。今は迷彩服着ているんだから、あくまで自衛隊のボスとして設置工事を守るための判断してくれなきゃ」
おどけた言葉と裏腹に真壁の顔は真剣そのものだ。状況が悪いことを実感しているのだろう。
猛攻が始まってから二時間が経った。一向に勢いは弱まることもなく、理事はすでにゴルフボールを撃ち尽している。今はそのかわりに鎖につけられた分銅を振るっており、その分銅はゴルフボールのスリングショットよりも多くの化け物を殺していた。津差ですら大なり小なり怪我を負い何度か交代している中で理事だけが疲れる様子もなく淡々と戦闘を続けている。『人類の剣』という超常の存在の恐ろしさを実感する思いだった。で? と真壁に問う。茶飲み話をしに来たのなら水筒を取ってくるが? 水分と栄養補給はしっかりと義務付けられている。真壁は首を振ってから水上を見た。水上が一礼して口を開いた。
「五人貸してもらえませんか。地下の探索に慣れて腕の立つ人間を」
いぶかしい表情で先を促す。
「この状況は明らかにおかしい。もう私たちはかれこれ千匹以上は地獄に送っているはずです。敵の構成も変化してきて、明らかに子どもであったり非戦闘職であるひ弱な化け物も現れはじめている。相手の判断には足し算も引き算もないような気がします。この戦争に関しては」
それは星野もおかしいと思っていた。出がけに商社の技術者に話を聞いたところ、怪物たちの体のサイズ、移動手段、地下だから耕作などできない環境などを考えて一層につき全てのコミュニティあわせても三〜四万程度だろうと推測されていた。未開部族だからそのうちの戦闘階級が二五%だとしても七千五百〜一万匹。もちろん推測が外れている可能性はあるが、もし当たっているとしたら戦闘階級の一割以上を失っていることになる。そんな戦争を続ける指揮官がいるはずがない。絶対に退けない理由があるのではないか? しかしそれがわからない。水上は壁面の一つを指差した。
あの横穴は化け物が出入りできるサイズだけど、あそこからはまだ誰も出てきていません。そして私の勘が告げているんです。あの奥に何かあると。なにより防衛地点からゴンドラ設置場所までの壁面で怪しいところってあそこだけですから。とりあえずあそこの横穴を広げてもう少し調べてみたいと思います。でも私には探索の経験がほとんどない。戦うことならできますが。だから、その経験を持った人たちを五人貸していただけないでしょうか。
星野は考え込んだ。横穴の奥に何かこの事態を打破する可能性があるとは限らない。しかしないとも限らない。その為に第三層を探索できるような人間を一時的にせよ防衛線から裂くのは難しい判断だった。しかし悩んだのは一瞬だけ、隣りで紹介者たる自分の役目は済んだと、防衛線にちらちらと視線を送っている男を見た。突然自分の名前を呼ばれて真壁は驚いたようだった。
「お前が率いろ。最精鋭部隊のリーダーを動かすわけにはいかないが、パニックになるような奴にも任せられん。お前と水上さん、あと四人選べ」
冗談でしょ、という言葉を眼光で黙らせる。真壁は一瞬だけ呆気に取られたようだったがすぐに表情を改めた。
「葵、常盤くん、児島さん、――南沢さん」
「翠ちゃんは連れて行かないのか」
水上の声は責めるでもいぶかしむでもなく淡々としている。
「後衛には完全に安心してもらわなければいけません。あの横穴は入り口さえ広げれば中は広いようでした。であればサイズの大きな前衛が後衛に安心感を与えます。津差さんか南沢さんで考えれば明らかに頼れるのは――」
説明の言葉は流れるようだったが、それが突然途切れた。苦しげな表情は小刻みに震えていた。
「すみません。四人には本当に申し訳ないと思っています。――でも、俺たちのほうが危険だって気がするんです」
視線を斜め下に、言葉を搾り出すように。そんな場所に翠を連れて行きたくないんです。すみません。そして視線をあげた。
「俺にはリーダーはムリです。俺の代わりに、たとえば黒田さんとか」
星野は頭をかいた。
「その言葉だけでもお前を推すよ、俺は。お前は私情と効率を結びつける方法を知っているみたいだ。基本的にずるいんだろうな。そして、そういう奴じゃないと危なっかしくて任せられん」
そして水上に視線を移した。
「五分で準備を整えます。それで宜しいですか?」
水上は満足げに頷いた。じゃあ五分間支えてきます、と呟くと軽い足取りで防衛線へと向かっていった。真壁は緊張感が途切れたかのようにその場に片膝をつき、しかし懐からは地図を取り出した。