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完成! 嬉しそうな声に、油断なく濃霧地帯に置いていた視線を後ろにやった。事業団理事で優れた魔女である笠置町茜(かさぎまち あかね)が設置なったゴンドラの中で笑っている。すでに第一層の工事は終わっており、その場には進藤典範(しんどう のりひろ)が指揮する護衛一部隊と理事しかいなかった。そのせいか、昨夜のような組織的な攻撃どころか遭遇さえ起きなかった。
おいでおいで、と招き寄せる手に駆け寄った。
ゴンドラは天井に取り付けられた滑車にぶら下がっている。ぶら下げる部品はイメージ画では鎖だったが、実際には太いワイヤーとなっていた。それはいい。視線を下にずらしていく。ワイヤーは八本に別れゴンドラの上部八点をつなぎとめていた。その接合部分で怪しくきらめくのはこの迷宮特産の石。理事たちが馬車馬のように働き、精鋭四部隊が自分たちの装備を後回しにして供出して集めた石はふんだんに使用されてこの設備を護っている。それはいい。問題は、と改めてゴンドラを見やった。
ゴンドラの基本の色調は、緑。少し潰れた球状をしたそれは、ワイヤーと結びついている八点それぞれを頂点とするふくらみを備えていた。およそこの国で暮らすものならば見失いようのない、それは野菜の一つかぼちゃの形をなしている。乗降口には両開きの扉がついておりそれにはロココ調の細工が施されていた。ゴンドラ内部から外をうかがう窓ガラスの縁取りも金色のツタ模様。そして極めつけはゴンドラ下部に取り付けられた四つの車輪だった。
何度見ても納得ができない。自分は今後これに乗ることになるのか? 本当に?
自問自答している進藤をよそに、仲間の倉持ひばり(くらもち ひばり)が声をかけた。彼女は理事の親戚にあたるという。
「茜おばさん、これってやっぱり一二時過ぎるとカボチャに戻っちゃうの?」
理事は眉をしかめて首を振った。ほんとはそうしようと思ったんだけどね。もしも時計が狂って誰かが乗っているときに一二時だと判断したら、何人ぶんかのプレス死体が出来上がっちゃうからね。にっこりと最高級の笑顔にぞっとしてあいまいな微笑を返す。
じゃあ入って、と皆を手招きした。五人がぞろぞろと入っても内部は狭苦しくは感じなかった。さすがに外見はカボチャの馬車に似せたとしても、内部にはクッションなどはつけられないらしい。金属を剥き出しにしたベンチは地下の空気に冷やされて、ツナギ越しにもひんやりと冷気を伝えてきた。斜め向かいに座った進藤にこりゃ、座布団がいるねと話し掛けた。
「もっと光を!」
理事が呟くと天井のライトが蛍光灯の光をともした。おおおと五人から拍手が響いた。次いで理事は、夏は夜! と呟いた。モーターが起動する音が鳴り響き、機械の暖気が始まったことがわかった。
「各階に移動するには合言葉を使います。枕草子の序文、春夏秋冬のフレーズね。第一層から第四層にあわせて覚えておくように。各階からゴンドラを呼びたいときは上へまいります、下へまいりますのどっちでもいいわ。でも気分出して言ってほしいな」
暖気が終わったのか、本格的にモーターが回転する音が始まった。そして一度の衝撃の後ゆっくりとゴンドラが降下していった。再び五人の間から拍手がわき起こる。倉持は窓から下を眺めた。各層の高度差は数メートルしかなくすぐに第二層の上空に出た。驚いたことに第二層では本日の予定であるタラップはおろか、明日の予定だった防護のための柵まで完成していた。ゴンドラから見えるところにまで怪物たちの死体が転がっているところから一時は危なかったのだろうと推測できたが、今は全てがゴンドラを見て歓声を上げているようだ。懸命に数える。60人がそこに並んでいた。第二層の警備についていた探索者はほとんど第二期で13部隊78人。死者は12人だろうか。被害は決して少なくはない、しかし満足していい結果だと思う。