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ちょっと、ごめん。呼ばれてやってきた南沢浩太(みなみさわ こうた)はそう断ると床の上に大の字になった。たちまちのうちにいびきをかき始める。その姿に真壁啓一(まかべ けいいち)は自然と頭を下げた。自分が無茶を言っていることがわかったからだ。
大きく伸ばされた四肢、ツナギはすでに補修の布をさらに補修するようにボロボロになっていた。それだけ防衛線の最前線にいることが過酷なのだが、それよりも先に理由があった。
現在第三層に展開している部隊は第一期をほとんどとする12部隊72人。その中に、第四層まで到達している精鋭四部隊と呼ばれる部隊は二部隊しか加わっていなかった。真城雪(ましろ ゆき)、湯浅貴晴(ゆあさ たかはる)両名が率いる部隊は昨日未明の第一層での反攻に対して援軍として駆けつけ、その後大事を取ってその二部隊は詰め所で常駐していたのだった。各人のツナギは現在鍛治棟で修復され、15時に再び両部隊は集結する。それまでは休息をとることが彼らの任務だった。湯浅の部隊は秋谷佳宗(あきたに よしむね)、内田信二(うちだ しんじ)、小笠原幹夫(おがさわら みきお)栗村真澄(くりむら ますみ)、西谷陽子(にしたに ようこ)、そして湯浅の六名。アマゾネス軍団は真城、落合香奈(おちあい かな)、神田絵美(かんだ えみ)、野村悠樹(のむら ゆうき)、鯉沼今日子(こいぬま きょうこ)、そしてここにいる南沢浩太。この巨人は詰め所での仮眠を泥と返り血で汚れたツナギでとっただけで今日の八時半の集合に現れたのだった。さすがに心配した高田まり子(たかだ まりこ)、星野幸樹(ほしの こうき)両リーダーが同行を拒否したものの肯んぜず、黒田聡(くろだ さとし)の「ここで口論していたら、真城さんたちがここにくるまでこの人は帰りませんよ。そしてアマゾネスたちが来たら当然の顔をして降りてくるだけです。いま、休むってギアはないみたいです」 という言葉にしぶしぶながら同行を認めたのだった。正直なところ、星野の部隊は先日越谷健二(こしがや けんじ)という超一級の戦士を失い新たに仲間にした狩野謙(かのう けん)にはその代わりとしてはまだ不安なところがあったので助かるといえば助かる。それに津差龍一郎(つさ りゅういちろう)といいこの男といい巨大な肉体には周囲に安心感を与えるだけの力強さがあった。
甘えているのはわかっている。しかし、ただでさえ不安な自分の指揮で不慣れな闇の中を進むのだから、他人を思いやる余裕は自分にもなかった。本人が大丈夫だと言うのだから甘えるしかないと思っている。
「真壁さん」
いつのまにかそばにきていたらしく、固い表情をした笠置町葵(かさぎまち あおい)が自分を見上げていた。事情は訊いた? という言葉にうなずきが返ってきた。すまない、危険だと思うけど一緒に来て欲しい。その言葉に葵は私は平気だけど、と相変わらず表情が固い。
「どうして翠を外したの?」
用意した回答を読み上げようとして動きが止まった。ここで嘘を言うようでは信頼されない、と思ってしまう。それは即座であるべき自分の指示に逡巡を与えるかもしれない。なにを言われてもいい。自分についてきてくれる人間に嘘は言いたくない。両目をまっすぐに見た。作業員のガスバーナーの光が葵の顔半分を照らした。
「俺のわがままだ。危険なところに連れて行きたくなかった」
葵はじっと自分を見つめたまま動かない。数秒して大きく息を吐いた。翠、きっと怒るよ。真壁はうなずいた。
「やだからね私。お願いだから真壁さん帰る日までには仲直りしてよね」
まずは生きて帰ろう。そう答え、騒がしいブーツの音に顔を向けた。残りの三人が小走りにこちらに向かっていた。
いびきがやんだ。かと思うとそこには190センチちかい筋肉の塔が立ち上がっていた。少なくとも、と葵が呟いた。
「どういう理由があろうとも、今に限っていえば前衛で頼もしいのは翠よりは南沢さんだわ」
真壁は残りの五人を見回し、懐から第三層の地図を取り出した。