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顔なじみの買取担当の娘が手元に回されてきた紙片に目を落とした。そして表情がこわばり、普段なら読み上げる紙片をそのまま差し出した。どれどれ、と進藤典範(しんどう のりひろ)はそれを覗き込んだ。そして娘の絶句の理由を知った。
商社が設置したゴンドラが正式に事業団に売却された。そして商社は代金を受け取った。代金とは、値段設定方法の変更。本日26日からは成分の取引量などに基づいた変動相場になり、探索者側にはその金額で売るか売らないかの選択肢しかない。試算では第一層で産出する化学成分の価格は半減とあった。だからここにある数字はちっとも理不尽ではない。試算よりはましではある。しかし、自分は半減という言葉だけでは結局想像できていなかったことを痛感していた。
隣りに来ていた倉持ひばり(くらもち ひばり)がその紙片を覗き込んだ。そしてあれまあと笑った。
「驚いた」
彼女の顔を見下ろし言う。倉持はしかし、わかっていたことじゃない、と笑った。わかってたことじゃない。でも私たちは今後あのゴンドラで下に降りていくでしょう? 第一層でも――ええと、四割減?――で済んでるんだよ。たとえば第四層だったら一五%増し以上になっているんじゃない? 屈託ない笑顔。そのとおりだ。下へ下へと降りていく覇気と実力があればこうやって笑っていられるのだ。みじめな気分でサラブレッドの顔をじっと見つめた。昨日の夜、地上で待っていた自分たちに落合香奈(おちあい かな)が読み上げた死亡者の名簿。探索者として到底かなわない、と思わせられていた者たちの名前も散見された。第三層ですらそういう場所なのだ。
降りていくしかないんだ、と自分を奮い立たせようと努力する。でなければ、この収入で覇気のない人生を送ることになる。死の危険を冒して可能な限り地下へ地下へ、この街に来た先月なかば、実はそういう選択を自分はしていたのだといま実感した。
自分たちを見守っている仲間たち(一人は代打だったが)を眺めた。ゴンドラができることで探索者の二極化がおきるだろうとは話し合われていた。収入が少ないとはいえ安全なところで頻繁に稼ぐ者たちと、危険を冒して突き進む者たち。だが二極化は起きないかもしれない。生半可な覚悟では探索活動が続けられない時代が来ている気がする。