18:22

笠置町葵(かさぎまち あおい)が席を立った隙にその席を奪った。津差龍一郎(つさ りゅういちろう)は隣にやってきた真壁啓一(まかべ けいいち)が笑顔とともに差し出すコップにビール瓶を傾ける。
「どうでした? 今日潜ってみて」
そうだな、と津差は何かを思い出すように視線を上げる。
「俺にはカボチャの馬車は似合わない」
「・・・当たり前でしょ。なに言ってんだこのオッサンは」
そして吹き出す。うかつに想像してしまったのだ。しばらく二人でひとしきり笑っていた。
「うん。確かに第二層のあの道を歩かないで済むってのはすごく楽だな」
「ああー、やっぱり」
「まあしばらくは照明の設置工事だからな。あのゴンドラで都合六部隊が第四層に挑戦するから交代で電話と照明を設置していくとして、今月中はそれで手一杯だろう」
「津差さんならどこまででも降りていきますよ。がんばってください」
そう言ってから座ってなお高い位置にある顔を見上げた。ほんの三ヶ月前、この男は自分より強くまっすぐで、それでいてまだ同じ種類の存在だったような気がする。しかし今、こうして隣りに座りついさっきまで死線を踏んでいたはずの笑顔を見て思った。人類ができるとしても、自分には無理なことはあるのだと。それはこういう男のために開かれた道なのだろう。
「正直お前さんには辞めてもらいたくなかったけどな」
「初日組も気づいたら津差さんだけですか」
「――やっぱり死なないで済むってことはいいことだな」
真壁は深くうなずいた。そして津差のグラスをビールで満たすと立ち上がった。
「お気をつけて」
「お前もな」
差し出された手を握り、これが最後だと思い渾身の力で握りつぶそうとする。
巨人は穏やかに微笑んでいる。