14:05

「あら」
「おや」
「わーい」
「・・・・」
京都駅前伊勢丹デパートの六階で三人が驚きの声をあげた。真壁啓一(まかべ けいいち)はデパートを歩く人間には似つかわしくなく空身でにこにことその三人を見ている。ちょうどよかった! という笑顔になにがだいと真城雪(ましろ ゆき)が問い返した。
「最後に抹茶パフェを食べようと思ったんですけれど、高台寺まで行くの億劫で、でも伊勢丹店だと行列ですからね、パフェ行列に男一人って精神的にきついんですよこれが」
きつい、と言いながらも食べる気まんまんだったのだ。神田絵美(かんだ えみ)が吹き出した。時計を見下ろせば二時少し過ぎ、早めのお茶でもいいかもしれない。なれなれしく自分と笠置町翠(かさぎまち みどり)の間に入り、二人の肩を抱いて歩き出す男を苦笑して見上げた。視界の端に彼と同い年くらいの娘の表情が入る。部隊の仲間であり最後の日に一緒にパフェを食べられることを喜ぶべき表情は、しかしうろたえたように怯えたように自分の肩に置かれた手と男を見比べていた。心の中でため息をついた。
午前中はどこを見ていたの? との質問には「京産大を見てから横綱ラーメンと新福菜館第一旭」 と笑顔が向けられる。最初の大学はともかく、他はすべてラーメン屋。お陰でおなかいっぱいです、と腹を叩く姿にさすがに翠が苦笑し、オヤジくさいよ真壁さんと小さく呟いた。真壁も笑う。
「お? 翠も洋服買ったね? どういうの?」
春用のカーディガン、というそれはまだ気が早い薄緑の上質なもので、綺麗な顔立ちのこの娘にとてもよく似合ったから衝動買いをしたものだ。へええ。明日それで見送ってよ。真壁の言葉には寒いからいやだよとつれない返事。
列の最後尾についた。同じように三時に食べたいと思った客たちだろうか、行列は予想よりも長い。
「ところで」
とこれまで黙っていた真城が訊いた。
「無事に生き延びて由加里ちゃんは喜んでいた?」
ええ、まあ、とうなずく。次いで翠のいつ結婚するのかという問いに若い! と三〇を越えた神田などは感心してしまう。いやいや! 俺無職だし! 当分結婚なんて考えてないからと手を振ると、でもぜひ式には呼んでよねと笑った。聞いていて痛いなあ、と視線を動かすと真城も同意の表情だった。
真壁が表情を改めた。ところで南沢さんの様子はいかがですか?
彼女たちの部隊の戦士である南沢浩太(みなみさわ こうた)はゴンドラ設置作業でもっとも戦った人間だろう。二三日の夜に援軍として駆けつけてから二四日の第三層攻防戦では常に最前線で戦い、さらに昨日の第四層の護衛もこなしてのけた。それを周囲が許したのは十分余裕があると思われたからだ。しかし昨日の工事が終わり、地上に戻った瞬間、彼は文字通りその場に倒れた。それ以降ずっと真城のロイヤルスイート(いま彼女は木賃宿に個室を取っているから無人である)で昏睡しているらしい。術による治療は効果がなく、医者に見せたら疲れているだけだから、眠りたいだけ眠らせて起きたら食べたいだけ食べさせるしかないとの見立てだった。彼の回復を待つ必要があったから、本当ならすぐにでも第四層の探索を開始したい二人がここで買い物をしているのだ。
具合はもう回復に向かっており、今朝はやくに一瞬だけ目が覚め仲間の罠解除師である落合香奈(おちあい かな)が作って持ち込んでいたスープとおにぎりを全て平らげトイレを済ませたと思ったらまた眠ってしまった。今ではロイヤルスイートの一室を使って剣術トーナメントならびにゴンドラ設置作業の記事ホームページを作っている落合がついでに看病をするかたちになっている。
それらを説明すると真壁はほっとしたように微笑んだ。無事でよかった。今日起きたらお礼を言いたいな。夜中でもなんでも呼んでくださいよ。二人はうなずいた。
はるか前方で女の子三人組が店内に吸い込まれた。列が少しだけ前進する。神田が、そして真城が気にかけていたある人間関係も結局はのろのろとしか進まず、明日になったらお店が閉まってしまうことになった。あとはどっちかが――いや、片方はきちんと彼女がいるからダメか――強引に歩み寄るしかないのだが、二人の様子をみたらそれも期待できないようだ。
もう詰みだよ、雪。心の中で自分の部隊のリーダーに語りかけた。まだまだ一発逆転を狙っていそうなこの女がとんでもないことをしでかすような不安がある。それは絶対に止めないといけないなと年長者の気分で思う。