いわゆる土俵際にあたる外周部分の土嚢は意識してしっかりと積むようにした。女帝真城雪(ましろ ゆき)が迷宮街に誇るその強靭な足腰で跳躍しても、足場となる土嚢が動いてしまうようではいけないからだ。密集しすぎと思える場所の土嚢を抱えては、攻撃(おそらく会場の誰もが想像しない距離から行われる自分の攻撃は、もう襲撃といっていいものになるだろう!)に重要と思える地点を固めていった。オセロは四隅を取ることが大事、となんとなしに思いながら振り返る。そしてぎょっとした。
それはやりすぎだろう、と思ったそこにあるのはもはや壁。一番初めに意識に残った四つ並べて積まれていた土嚢は、この壁のための布石だったらしい。試合会場を斜めに分断する長さは対角線の1/3はあり高さはきっと1m50cmを超えている。
「えりか!」
かつては商社の研究員として三峰さんと呼んでいた呼称は彼女が探索者の仲間になった夜から心安いものに変わっていた。呼ばれた三峰えりか(みつみね えりか)は「はーい!」と答えると会場に走りこんでくる。ちょっと、この向こうに回ってみて。小さな研究者はその言葉に嫌そうな顔をしたが、しぶしぶといった風情で回り込んだ。その姿はすべて土嚢の壁に隠れてしまった。
真城の背後からくすくすと笑い声がする。なるほど、結構積んでるねと呟いていたら壁の裏側から名前を呼ばれた。なあに?
「そっちが見えますよ」
「え?」
腰をかがめる。声の場所から推測したその位置、確かに腰をかがめると向かい側が見えるように隙間が作られていた。真城の身長で直立していたらまず気づかなかっただろう。もしもこれを知らないで闘いに臨んだとしたら、こちらは相手の場所を感じ取れず向こうはわかったはずだ。ちらりと視線を神足燎三(こうたり りょうぞう)に送る。迷宮街最古参の戦士はしくじった、という苦笑を浮かべていた。
「よく見つけたえりか。偉いぞ!」
ほんとですか? と無邪気に嬉しそうな声。女帝はさらに油断なく周囲を見渡した。この分だとほかにどんな罠があるかわからない。まったく、試合前から疲れるおっちゃんだわ。