頭が痛い。本日は戦闘の訓練はお休みだった。午前中は探索の基礎的なシステム説明会に出席し、夕方からは仲間たち(笠置町姉妹が探してくれた)との顔合わせの飲み会だった。両方とも大事なことだからいきおい日記は長くなってしまうのだけど、この頭で書ききれるだろうか?


説明会は八時半から事務棟にある中会議室で行われた。第二次募集が始まってから一昨日まで三日間(昨日合格した人たちは、今日は各職業の適性検査を受けているため次の説明会にまわされている)、37人の新規探索者が出席していた。笠置町姉妹が隣りをつめてくれたので、(迷子になって)遅れていったにも関わらず前のほうに座ることができた。ちなみに津差さんは一番前。あの人は律儀でまじめで、会社勤めしていたころも成功してたんだろうなーと思える。
配布されていた資料を取りに最後列まで戻りながら他の面々を眺めてみた。最初の体力テストがあんなありさまだっただけに、みんな体力がありそうな顔ぶればかり。女性が少なくなってしまうのも仕方ないだろう。そんな中で屈指の美人姉妹に席をつめてもらえる俺は絶対についている。
資料は小冊子とバインダーだった。バインダーには同じ種類の用紙が30枚くらい綴じられていて、写真と説明が書いてあった。一番上の紙には『バブリースライム(いちごジャム)』と見出しが書かれてており、赤いゼリー状のわだかまりの写真を取り巻くように文章が並んでいる。
小冊子のタイトルは『一般迷宮探索者契約規定』とあり、ぱらぱらとめくると30ページくらいになっている。めくっていて気づいたが、いくつかのページは初日の試験後に渡されたコピーと同じもので、たとえば迷宮街の地図であったり、運営責任者の名前であったり、探索者のパスがあれば北酒場での定食や宿屋の大部屋(俺たちは木賃宿と呼んでいる)は無料で利用できる、といったことが書いてあった。これは初日の説明に使用された資料の完全版なのだな。
そして報酬の説明が始まった。
事務員が取り出したのは高さ10センチくらいの銀色の容器だった。形としてはカクテルのシェイカーが近い。その中には薬液が入っているという。そして事務員は言った。「この容器の中に殺した相手の死体を切り取って持って帰るように」と。俺は思わず隣りの姉妹の顔を見て、部屋を見回した。驚きを浮かべているものが大半で、そうでない人たちは下調べをしてきたのか。とにかく一様に気味の悪そうな表情を浮かべていて、それが俺と同じ嫌悪感を抱いているのだと教えてくれた。俺たちは敵の耳を切り取って名誉をあがなった蛮人のように、死体を切り取って日々の糧を得るのだと。事務員はそんな空気に慣れっこなのか説明を続けた。
たとえばダイオキシンのように、自然界では本来ありえない物質でも化学技術を用いれば精製することができるものがある。ダイオキシンは人体には有毒だが、もちろん有効な利用法がある物質もある。価値があるのだが、わざわざ精製するにはコストがかかりすぎる、あるいはその技術がまだ確立されていないいくつかの科学成分、それが怪物たちの死体には豊富に存在するのだそうだ。それを、死体の一部を保存液に漬けて持ち帰ることで人間は簡単に手に入れることができる。これらは提携している各企業、研究団体に高値で引き取られ、その一部を迷宮街の運営費にまわしたあと俺たちの手に入るのだそうだ。
納得した。現代のゴールド・ラッシュと呼ばれるこの大迷宮、来場一週間後の死亡率が20%を越える危険を成り立たせる多額の報酬はどこから出てくるのかと疑問に思っていたが、まさに俺たちはレアメタルガリンペイロなのだった。
ちなみに迷宮最上層(現在は第四層まで探索と整備が進んでいる)で一度戦闘した際に得られる報酬は、平均すると三千円程度だそう。一週間に一度探索していれば最低限の衣食住は保証されるわけで、中には最上層の敵には簡単に勝てるようになってもここで週二回ずつ最上層にもぐり、蹴散らせる怪物を安全に蹴散らしてのんびりと暮らしている部隊もいるらしい。実力さえあれば若隠居としてはいいのかもしれない。もちろん俺も笠置町姉妹もそんなことは考えていないけど。


他に報酬に対する課税などの話を聞いたがそれは割愛してバインダーに話を移すと、これは現在迷宮内部で存在が確認されている怪物のリストだという。この迷宮が何層構造かわからないけど、現在人間の足が到達した(もっとも、そこに達していた三原さんたちはもう全滅してしまったけれど)第四層までで見つかった怪物の資料なのだそうだ。最初のページを例にとると、まず『バブリースライム(いちごジャム)』とある。これは正式名称を英語表記で「バブリースライム」といい、和名というかこの迷宮街での通称を「いちごジャム」ということを示している。そして説明には『壁を伝い天井から落ちてくる粘土状の物体。中心に核となる細胞があり、それ以外を切り取っても効果はない。粘液を触手状にしての打撃のほか、つぶてとして顔に取り付き気管を・・・』といった説明が書いてある。魔法という欄があったからページを繰ってみたら、『ガスクラウド』というところで魔法使い初歩という表記があった。怪物にも俺たちのように魔法を使うものがいるということだろう。
これらの写真は探索者から買い上げたもので、その鮮明さ、詳細さによって値がつくらしい。もっともよく撮れているものはこうやって説明ファイルに使用され、そうでなくてもプロマイドとしてオカルトファンに販売されているのだとか。やるなあ、事業団。直接戦闘に参加しない罠解除師のアルバイトにいいからと事務員も奨励していた。第一期の応募者の中にはここで写真の才能を開眼させてプロになったひともいるらしい。
写真がすべて探索者の自前によることが示しているように、ここの活動のメインは俺たち探索者である。たとえば迷宮内部と地上は電話線でつながれていたり最低限の照明が整備されているのだが、その設備は新しい階層を十分に制覇できる部隊が複数現れたとき、彼らを護衛として自衛隊の工作部隊が敷設している。狭い場所の掘削なども大規模なものは同じように、小さいものは自由に貸し出される小型のドリルなど工具を使用して探索者が独自に行っているのだそうだ。探索者主導はこの資料でも同じで、説明文も彼らの口述をまとめたものらしいし、その下には先輩冒険者のコメントが並べられていた。たとえば「いちごジャム」のところには「苦戦するなら転職をお勧めします by独善坊」というものをはじめとして「こいつの部品は日光で干からびても、水を吸って元に戻ります。いやな奴の味噌汁に入れましょう by大竹」などいろいろあった。なお、これらは探索者限定のホームページに常に最新のものがあり、自由にコメントをつけられる。
ページの最後は『ドラゴンパピー』というものだった。サイズはよくわからないが、青白いキチン質の皮膚をもった、直立するトカゲがいた。というより、後ろ足を短くしたティラノサウルスの背中にコウモリの羽をつけたよう、と形容したらわかりやすいだろうか。通称はまだない。最下層だから、まだ話題になるほど発見されていないのだろう。コメントには「二匹以上と出会ったら即座に逃げること 三原」とあった。
あたま いたい。午後の話は明日の朝早く書こう。


どーもみどりです。酔ってます。酔ってますが、共有のパソコンの前でつっぷして寝ている男よりはましだと思います。へー。パソコンは短大の授業以来だから知らなかったけど、こうやって日記を書けるのね。
ええと、特にどうということもないのですが一つ。この人まだ別れていない彼女がいるのね? 今日の飲み会で隣りのテーブルに座った小林さんに「彼女? いないよ? 生まれてからこの方もてたためしがない」と言って口説いていた(?)ことは書いちゃまずいのかしら?


現在は11月6日の午前八時です。北酒場の朝定食がいちばん混雑する時間ですが、俺はといえばすでに朝食を終えてパソコンの前に来ています。普段はただでさえ娯楽が少ない迷宮街のこととて背突かれるように日記を書かなければいけない共有パソコンだけど、今の時間は隣りのマシンをずらしてコーヒーを置き優雅にキーボードを叩くことができます。そう。普段はパソコン端末は込み合っているのです。だから酔っ払って占拠してしまった俺は当然悪いし、苦情を聞いて回収にきてくれた翠には感謝の言葉もありません。ありがとう。でも他人の日記に勝手に書くか? 普通。
内緒で削除しようかと思ったけれどもすでに東京の友人たちには見られたらしいのでやめました。ちなみに小林さんというのは道具屋のアルバイトの一人でものすごくかわいらしい女性です。でも俺より年上だけど。それにしても口説いていたとは知らなかった。


さて昨日の続きだが、笠置町姉妹が探してくれたあと三人の仲間との顔合わせ飲み会は非常に楽しい酒になった。タカ派ハト派ということで大きく分けられているし、こんなガリンペイロの境遇にわざわざやってくるような物好きだから気が合うのは当然かもしれない。とにかくこれからお互い命を預けあうに足る信頼と好意を抱けた。結局チーム笠置町のメンバーは
笠置町 翠(女 21 戦 タカ派
真壁 啓一(男 22 戦 タカ派
青柳 誠真(男 28 戦 中庸)
児島 貴 (男 27 治療 中庸)
常盤 浩介(男 19 罠解除 中庸)
笠置町 葵(女 21 魔法 タカ派
ということに。笠置町姉妹は何度か書いたから割愛するとして、同じく戦士の青柳さんは俺より少し高いくらいの身長でふたまわりくらいがっしりとしている。ここに来るまではなんとお坊さんだったらしく、一昨年の京都大地震、大迷宮が地上に口を開いたあの地震の直後、いくつか開いてしまった地上への出口を閉じるための祈祷に加わった一人だった。もともとは比叡山の宿坊にいたために駆り出され、加持祈祷でずっと穴の付近で寝起きしていた間、夜になると出没する怪物たちに被害を受ける周辺住民を見て義憤に駆られたのだということ。そんなことがあったなんて、ほとんどニュースでは流れなかった。「穴の一番下に、あいつらを出てこなくさせる方法があるのならそのために努力しなければならんのや」という言葉が印象に残っている。
児島貴さんと常盤浩介くんはもともと友人同士で俺と同じ初日に突破したメンバーだったから顔は覚えていた。というより頭は、かな。児島さんは黄色、常盤くんは赤と非常に覚えやすい。彼らはもともと同じバンドのメンバーだそうで、どういう音楽なのか? と聞いたら「上半身にトゲトゲの皮ジャンを着て鎖をジャラジャラ身につけて、下はフルチン」と言っていた。・・・コミックバンド? 東京のインディーズバンドで『試作型早漏ロボ』というらしいけど知っている人はいるだろうか。ちなみにグーグルではヒットしなかった。
そうそう。初日は二人ともトサカだったよ。今は坊主といっていいくらいまで刈っているけど。きらきらと光るピアスで重そうな両耳は初日と変わらない。彼らは「青柳さんには悪いけど」と前置きをしてから金のためにやってきたと言った。お金ねえ、と翠は呟いたけど、青柳さんはたしなめるように頷いた。お金を欲しがるのはよくあるが、必要とするのはなかなかいない。必要とするにはそれぞれの理由があるものだと禅問答みたいなことを言う。確かに、欲しいだけでこんな死と隣り合わせの場所には来ないだろう。であれば彼らは必要としているのであり、理由を語らない以上は訊くこともないけど、尊重はしないといけない。
バンドをやっている人たちに対して偏見があるのかもしれないけどこの場では外れていないようで、二人の掛け合いを軸としたその席の会話はとても楽しいものだった。積極的に全体を牽引してくれる笠置町姉妹、いつでも笑顔をもたらそうとするバンドマンふたり、穏やかに彼らの手綱を握るもと聖職者、といったところかな。俺が演じるべき役割がなくなっちゃった。のんびりお茶でも飲んでいよう。