15:22

「ごー!」
明るい青色をした厚ぼったいツナギを身に付け、フードをしっかりとかぶった女性が叫んだ。フードの陰から真剣な瞳が前方を見つめている。視線の先は15メートルほど離れた一角。そこには三人の人影があった。二人が木製の直刀、一人が木刀を持って打ち合っていた。戦況は二対一だ。木剣の二人は男性で木刀を振るうのは女性だったが、木剣の二人がかりでも女性の動きを止めることができない。上半身を柳の枝のように揺らしながら男たちの剣筋をいなしては彼らの体勢を崩していた。
「よーん!」
続いての叫び声に、数字を勘定しているのだとわかる。その声が聞こえているのかいないのか三人は打ち合いつづけていた。三人の着衣はみな同じで、フードの女性よりも幾分光沢があり分厚いツナギである。違うのはフードのかわりに工事用に似たヘルメットをかぶっていることだ。側面と後頭部を覆うように同じ布地が垂れている点だ。あとは脛にプラスチック製と思われる板が縫い付けられていた。ツナギの色は各人選べるのか、女性は明るい緑色だった。男性はがっしりした男が黒。比較して――とはいえ平均よりは大きかったが――小柄な男性がオレンジである。オレンジ色の男が横なぎに女性の胴を払ったかと思いきや、女性は背後にブリッジを作り、そのまま後方に回転して立ち上がった。その際に土を蹴って大柄な男の顔に当て、動きを止めている。
「さーん!」
フードの女性の額に汗の珠が浮かび上がった。言葉と同時に、空気の中であきらかに異質なものが三人のもとに集まりだした。
「にー!」
その声と同時に、三人は弾かれたように背後に飛びすさった。後方を一瞬確認して跳躍し、着地して間髪いれずに再度の跳躍だ。厚ぼったいツナギの上からでも弾力ある下半身の筋肉の動きが見て取れた。
「いーち!」
フードの女性が両手を差し伸べた。先ほどまで三人が打ち合っていて、今は誰もいなくなった空間に向けて。
「どかーん!」
フードが強くはためいた。前方から突然やってきた強風にあおられてのことだった。それは高熱を伴っていた。寸前までありえなかった、炎がもたらす熱気を。炎は発生していた。彼女の最後の「どかーん!」という言葉と同時に空中に出現した橙色の固まりは次の瞬間には膨れ上がり、上半分は火柱として三メートル近くも立ち上がり、下半分は大地をなめるように半径五メートルほど炎を広げる。
フードの女性がひらりと手を振るや、火柱の上部から火炎が鞭状に伸びて依然として燃え盛っている火の海を叩いた。火炎の鞭は同時に五本暴れまわり、オレンジ色のツナギを着た男性が飛びすさって避けた。
「おわーりー!」
その言葉と同時に炎が掻き消えた。何かが起きたことを示すのは焼け焦げた地面と熱気だけだった。そこに三人がまた飛び込んだ。火炎の中心めがけて駆け寄り、ほぼ三人が同時に達するとそこで立ち止まった。
拍手が起きた。これまでそれを見ていたフード姿の人物だった。ツナギは群青の女性よりは厚手のもので、帯剣している三人よりは薄い。色は原色に近い赤である。
「大分よくなったんじゃないですか? 葵さん?」
群青のツナギとフードの女性――笠置町葵(かさぎまち あおい)が満足そうにうなずいた。
「青柳さんはあと二歩前でいいですよ。魔法の効果範囲から結構あまっちゃってますから。翠もあと半歩前にお願いね。真壁さんは完璧。距離感覚鋭いねえ。まだあと四〜五回はいけるから、もう一回やっておく?」
熱気の中心から歩いてきたオレンジのツナギの男性がヘルメットを取った。髪の毛は汗でぺったりと額に貼りついている。
「わかった、けど、少し休憩。君らは暖かくてありがたい程度だろうけど、俺たちはサウナの中で運動しているようなもんなんだからさ」
「じゃあ、吹雪の魔法にする? まだ制御が慣れていないし炎より見分けがつきにくいから、もしかしたら巻き込むかもしれないけどね」
「やめてくれ」