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鋭い呼気とともに繰り出された切っ先が青鬼の胸を刺し貫き、四肢から力と生命が抜けていった。支えを失ってくずおれる重みにあわせるように鉄剣を引き抜く。その動作は場慣れしており、見ていた児島貴(こじま たかし)は少し感心した。恩田信吾(おんだ しんご)の部隊が壊滅してから十日あまり、新しく仲間を募る傍ら、代打で腕は磨いていたらしい。
対照的に、他の二人の前衛の動きは未熟そのものだった。三匹の青鬼に対して不意打ちできたにも関わらずうち二匹は恩田が倒し、一匹には逃亡されている。そのうえ一人は手傷まで負っていた。初陣ということを差し引いても青柳誠真(あおやぎ せいしん)と真壁啓一(まかべ けいいち)からははるかに劣る。
「単純な打撲ですね。特に治療の必要はないと思いますが、どうします?」
「頼みます…・…痛くて、手があがらない」
青柳さんなら黙っているだろうし、真壁くんなら一応怪我を報告はするだろうが治療は拒否する程度だ。どうしても普段の仲間と比べてしまう。脳裏にいくつかのシンプルな映像を描くと掌が温かくなり、それを打撲傷の上に重ねると熱が身体に染み込んでいった。ふっと眉をひそめる。彼の全身が震えているのは何も恐怖と緊張だけの話ではない。おそらくウォームアップが不十分で地底に来ているものだから、身体が熱を生み出そうと小刻みに痙攣しているのだ。こんな状態で自在に剣が振るえるわけもない。彼からすれば考えられない油断だった。
俺は仲間に恵まれていたのだな、としみじみと思う。とくに前衛は、恩田も含めて自分たちの三人とはまったく動きが違っていた。さすがは希代の女剣士に選ばれただけのことはあるというところか。
それにしては、と不思議に思う。いまこの状態でも感じられるこの安心感はなんなのだろう? と。普段の仲間と潜るときのような、絶対的な強者とともにいる安心感。てっきり笠置町姉妹のお陰かと思っていたが、あの二人はかたや地上に、かたや500キロ東にいる。
自分にとってこの階層は安全になった、ということか?
視線を移すと罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)がゆがみの前に片膝をついていた。
「鈴木さん、サポートします。ちょっと待って」
治療術のひとつには一時的に他者の感覚を著しく鋭敏にするものがある。怪物がお宝を守るエーテルの構造を解除師が探るためには視覚のみならず五感をフルに活用する必要があり、それを補助する用途でおもに使われた。普段の仲間である常盤浩介(ときわ こうすけ)はもう場数を踏んでいるからこの階層では必要としないが、初陣の彼女には助けがいるだろう。
しゃがみこんだ少女(先日まで高校生だったという!)は首だけ曲げて児島を見た。そしてそのまま左手の指さきを軽く動かした。ゆがみが消失し、児島は息を飲んだ。集中を乱してしまったかと思ったのだ。
「大丈夫です。終わりましたから」
屈託ない笑顔にこくりと唾を飲んだ。