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店員の手にある皿を見て奥野道香(おくの みちか)は叫んだ。誰も触るな、動くな、そのコロッケは私のだ、と。サークルの後輩たちの試合を観戦したあと財布の機能を多分に期待されつつ打ち上げに招待された。自分と同じ四年生はゼミも一緒になる二木克巳(にき かつみ)、理工学部の大石多恵(おおいし たえ)しかいない。他の四年生はまだまだ卒論で大変なのだろう。奥野も苦戦するかと思っていたがゼミの友人が(なんだか生まれ変わったように)元気一杯で資料集めをする横でなんとなく図書館の本を読んでいたら体裁が整っていた。これなら卒論でC評価は固いと判断できるレベルだ。BやA評価に魅力を感じず、ではSを狙うとしたらそのコストは大変なものになる。その計算をもって仲間たちに先駆けて卒論を終結した。もう製本も済んでいる。カンフルになってくれた友人はもう一つ書き上げるのだそうだ(物好きなことだ!)。「で? いくらでなら売るの? 売るアテは一五秒で見つかるけど」との申し出に彼女は「みんな同じこと言うのね」と苦笑した。誰だろう? 心当たりがありすぎて絞れない。
コロッケが目の前に運ばれてきた。すでに同じ料理を三回頼んでいた。しかしそれらはすべて二四人いる後輩たちに略奪されて、彼女の前までたどり着いてはいなかった。三度目の注文では「そんなに食いたいなら貴様らも食えよ」と言いながら四皿も頼んでいる。一皿に二つだから、三回の注文で一二個。もし座の半数がコロッケに飢えているのだったら序盤から誰かしら頼んでいたはずだし、今度こそは自分までまわってくるだろう。安心して待ってしばらくし、「コロッケ通ってる?」と後輩に頼んだら八人の名前が連呼された。そいつらの胃袋に収まった(一部はそのままトイレで吐き出された)という。意地になった四回目の注文、さすがに後輩たちももうやめようと思ったらしい。
「別にそんなに食べたいってわけでもないんだけどね」
苦笑いして半分に割った。ソースをたっぷりとかけて、あーんと口を開いて――。そこに座っていた大柄な後輩がトイレにでも立ったのだろうか、ポッカリできた空間のおかげで同じ四年生の二木がこれまた四年生の大石に説教をしている様子が見えた。さっくりと衣をかみ破りながら耳をそばだてる。
「…・…だからね、同じ学校、サークルやクラス、研究室で友達なんていっても卒業したら会う理由はなくなっちゃうでしょ。そうなる前にきちんと意思表示して会う理由を作っておかないとダメじゃないの? それができない奴には失恋を気取る資格はないんじゃないか?」
お前がそれを言うか? サークルもゼミも一緒で他の人間よりは縁が深いだけに、その言葉の理不尽に頭を抱えたい思いだった。
まず第一に、お前が説教をしている女が惚れているのはお前だ。気づけよ。まったく多恵も可哀想に。
そして。
自分と由加里の縁も卒業で切れるということに気づいているか?