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電話が鳴った。自衛隊の詰め所に設置されたそれは迷宮内部からの直通電話だった。一般人である自分がとっていいものだろうか? と後藤誠司(ごとう せいじ)は一瞬だけ考えた。いや、いいのだ。迷宮内部から電話をかけるということは、大抵の場合「○○の部隊、これから第二層の探索を開始する」などといった非常に重要な用件なのだから。向こうにとってこっちの事情など関係ないのはビジネスと一緒だった。電話は待たせてはならない。
「お待たせいたしました。――」そこで言葉がとまる。普段の自分の社名を言いそうになったためだ。
「ええと、地上です」
鈴木秀美(すずき ひでみ)です! この電話を今から言う番号につないでください! 急いで!」
かしこまりました、と番号をメモしながら電話の脇にある操作票を見る。外線へのつなぎ方は…・…。
言われた通りに携帯電話につないだ。受話器を置く。通話待ちを示す赤いランプを固唾を飲んで見守った。電話の向こう、鈴木さんは必死だったのがわかったからだ。今朝からもう二人の死体を見た。そんな場所からの電話なのだ。
通話中の緑色のランプに切り替わった。しばし安堵し、鈴木さんが地上に出てくるまではここにいようと決めた。地上だって電波が切れてしまう場合がしばしばある。そのときすぐに交換手をしてあげなければならないからだ。