2003-12-19から1日間の記事一覧

 0:28

三度目に抱きしめて寝かしつけてから、落合香奈(おちあい かな)は真城雪(ましろ ゆき)の携帯電話にメールを打った。今夜はずっと秀美ちゃんについていてあげないといけないから、明日の探索は延期にしてほしいという内容だった。深夜だったのに迷惑を考…

酒場では道具屋のアルバイトの小林桂(こばやし かつら)さんの送別会が行われている。最初の予定では昨日が探索者ではない友達とのもので今回が探索者達とのものという話だったが、見る限りそんな区別なく皆で小林さんの門出を祝っていた。中では真城さんが…

 13:40

自分の女運は最悪だったな、と今泉博(いまいずみ ひろし)は昔を思い出していた。思い出は女性の顔をしていた。それらは一つではなく表情もさまざまだったが、すべてに共通するものがあった。自分を見つめるときの、隠そうともしない侮蔑の色がそれだ。 県…

 13:19

「しっかし、まあ。金具の固定、解けない結び方、そういうものもわからず縄梯子で三〇メートル下りようとしてたのかお前さんたちは」 濃霧地帯のふち、白いもやがかなり薄くなった場所で星野はつぶやいた。さすがは軍人というところだろうか、なれた手つきで…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

 12:13

五寸釘は既に尽きた。両手に握った二本のナイフ(とはいえ刃渡り15センチ以上あるものだが)だけで既に三度の襲撃を撃退していた。濃霧地帯を出た直後の電話機の横である。西野に命ぜられるままに地上への電話をかけ、真城雪(ましろ ゆき)につなげてから西…

 11:47

目の前でいらいらと携帯電話を耳につけているのは、この街の探索者でも重要人物の一人、真城雪(ましろ ゆき)だった。彼女については特別なファイルが編集してある。いわく、最強の戦士の一人。いわく、この街での最高権力者で通称『女帝』。いわく、唯一ロ…

 11:25

「はい真壁です。どうしました?」 『真壁? いまどこに、誰といる?』 「ミニストップです。一緒にいるのは翠と津差さん」 『恩田くんたちの救助隊を組む。協力してくれる?』 「わかりました」 『ありがとう! そのまま鍛治棟に行って、お前たちと健二、葛…

 11:19

電話が鳴った。自衛隊の詰め所に設置されたそれは迷宮内部からの直通電話だった。一般人である自分がとっていいものだろうか? と後藤誠司(ごとう せいじ)は一瞬だけ考えた。いや、いいのだ。迷宮内部から電話をかけるということは、大抵の場合「○○の部隊…

 11:10

奇妙に聞こえるかもしれないが、連戦連勝とは強さを意味しない。もちろんほとんどの場合それを成し遂げるには秀でた能力が必要だったが、あるいは強運によって対戦相手に恵まれただけ、ということも考えられるからには強さを保証してはくれないのだ。本当の…

 11:08

「第一層だ!」 西野太一(にしの たいち)の言葉を聞き、鈴木秀美(すずき ひでみ)は壁面から身体を引き剥がした。ねじって背後を眺めると、確かにぶあつい岩盤の向こうに何度も見た濃霧地帯の白いもやが漂っていた。一一時八分、とつぶやく西野の顔を眺め…

 11:05

こんなものかな! と両手を一つ打ち、小林桂(こばやし かつら)は晴れ晴れとした思いで段ボールの山を眺めた。バッグに詰める生活用品、布団を除いたほとんどがそこには収められていた。この街のアパートは家具類がすべて据付になっていたから、引っ越すと…

 10:33

迷宮内部で一言に怪物といっても三種類がいる。一つが知能のない、野獣と同じく餌をもとめて徘徊する「化け物」という言葉が似合うものたち。二つ目は二足歩行をして道具を使うものたちで、これはある種の文化社会を地下に築いているようだった。そして三つ…

 10:27

予想通りに常識を破られた。壁面への体重の預け方、突起のつかみ方、足のかけ方、鈴木秀美(すずき ひでみ)にはそれだけを手短に教えて登らせてみたら自分でも舌をまく安定で登っていった。あわてて後を追う。経験と手足の長さの違いで簡単に追いついたもの…

 10:12

初日に挨拶した若い娘が謝りながら飛び込んできた。そして自分の姿を見て立ちすくんだ。確か三峰えりか(みつみね えりか)という名前だったはずだ。社内名簿のファイルによれば二五才、神戸の大学院を卒業してすぐ技術者として入社し、昨年の探索開始からこ…

 09:32

…・…保持したはずの岩が根元から外れた。バランスを取り戻そうと伸ばした腕が、逆に距離感を失って壁面を押してしまう。自分は落下するのだ、と西野太一(にしの たいち)は落ち着いて考えた。墜落の浮遊感は何度経験してもいい気分のものじゃない。自分の身…

 09:30

カーテンを開けようと立ち上がった足腰がふらつく。今日は本格的に荷造りをする日ということで、昨夜の酒はほどほどにするつもりだった。北酒場で非探索者の友人たちが開いてくれた送別会においてもそれはしっかりと守られた。その後「すこし話しましょうよ…

 9:12

「お宝とりまーす!」 いつもはつまらなそうにしている娘の元気な声に、恩田信吾(おんだ しんご)は何かいいことがあったのだろうと嬉しく思った。罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)は見かけにも年齢にもよらず豪胆な娘で、それは仲間として頼もしいこと…