11:05

こんなものかな! と両手を一つ打ち、小林桂(こばやし かつら)は晴れ晴れとした思いで段ボールの山を眺めた。バッグに詰める生活用品、布団を除いたほとんどがそこには収められていた。この街のアパートは家具類がすべて据付になっていたから、引っ越すといっても衣類と本やCD、食器類だけなのだ。イーゼルにかぶせられた新聞紙を取り払った。その下からは昨日描いた風景画が顔をのぞかせた。じっと眺める。
「もらってきましたよー!」
がちゃりとドアが開き、織田彩(おりた あや)が部屋に入ってくる。北酒場に前日のうちに頼んでおいたお昼の弁当を受け取ってきたのだった。手近なダンボール箱を寄せ集め食事が始まった。すごい量だねと驚くと、サービスらしいですと笑顔が返ってきた。
ねえ彩ちゃん、と小林はあらたまった声を出した。この絵、やっぱりあなたがもらってよ。今泉くんには事情を話すから。
でも、と遠慮しようとした娘はすぐに思い直したようにうなずいた。そしてじんわりと涙ぐんだ。
「そんな一生の別れみたいなこと言わないでくださいよ」
一生の別れじゃないの、と桂は笑った。だって彩ちゃんにとっては東北ってビザが必要なんでしょ? この数日、こう言ってさんざんにからかわれたのだ。
密入国でも行きますよ。だから小林さんも雪だるま送ってください。でっかいの」
それは溶けるなあ、と小林は苦笑した。鼻の奥がつーんとし、視界がにじんだ。