日陰の雪もほとんど溶けた暖かい一日。
常盤くんからメールあり。以前書いた、事故を起こして意識不明だった彼らの友達が亡くなったのだそうだ。今日が本通夜、明日は葬式だけど明日の午後中に帰ってくると言っていた。残りの四人で話し合った結果、水曜日は予定通り潜ることにした。彼らは俺たち戦士と違って頭脳労働だから(それって日本で一番歩いている頭脳労働じゃないか?)俺たちほど毎日の調整は必要ないのだそうだ。
今日は久しぶりに入所のテストを受けてみた。津差さんに誘われたのだ。退屈だったし、自分の身体能力も高まっていると思うのでその確認のためにも面白い。二人して徳永さんにお願いしたら、不合格だったらパスを取り消すと脅された。そして全員の前で「この二人は第二期の初日に突破して、第二期のエリートチームの一員になっている。どれだけの体力が必要か実感するように」とのありがた迷惑な紹介まで受けた。やりづらいことこのうえない。
徳永さんが安心して紹介したように、土嚢運びはまったく問題にならない作業になっていた。体力が底上げされているし何より一度クリアしたという自信がある。簡単なのも当たり前かな。午前だけやって退屈だったので、津差さんに俺の分の土嚢も任せて逃げ出した。さすがに四〇キロはつらそうだった。ていうか捨てましょうよ。
どうして津差さんがわざわざ試験を受けなおそうと思ったかというと、彼らの部隊に新しく入った治療術師がきっかけらしい。的場さんがもっと穏やかなグループに抜けるということで新しく鍛え上げようとスカウトした人が、なんというか、「俺には理解不可能」だそうだ。「バトル・ロワイヤルになんか光の戦士とか言っていっちゃってる女が出てくるだろう? オブラートかかっているけど根っこはあんな感じだ」という。迷宮探索を、悪の世界に対する聖戦だと思っているような言動がたまに見られるのだそうだ。なんでこんな人間があの試験をパスできたんだと疑問に思ったということ。午前が終わって、「ともかくこれがクリアできるなら変人にしても筋金入りだ。うまい具合に乗せれば伸びるかな?」とつぶやいていた。津差さんの部隊はそれぞれ個性的過ぎて大変だと思う。それにしても、死体をお金に替えるシステムを聞かされた時点で俺たちのやっているのは所詮殺戮で侵略で略奪なんだと気づいてもよさそうなものだけど。天然は怖いね。
テスト中では面白い人に会った。買い取り商社の担当者である後藤誠司(ごとう せいじ)さんだ。この方はかれこれ三度この試験を受けて脱落しているらしい。でもこの人もう三十代後半じゃないのか? 合格したら最年長の探索者になるかもしれない。
モルグの前で神田絵美(かんだ えみ)さんが大工仕事をしているところに出くわした。徳永さんの家に作った犬小屋が大反響で、今度はハムスターの家を作っているのだそうだ。ハムスター用といっても小さな水槽くらいの大きさがある。中はプラスチック管やらなんやらで楽しそう。床は二重底で下には木炭を敷き詰めることで「消臭ばっちり!」だそうだが、これって原価いくらですか? と訊いたら「私の工賃ゼロだから!」と笑顔が返ってきた。商業ベースには乗せられないこれもまた迷宮街特産品だな。
おしゃべりをしつつお手伝いをしてその流れでご飯を食べに行った。当然のように真城さんにつかまりいろいろとくだを巻かれる。西野さんがいなくなったあとでまだ次の恋が見つかっていないらしく結構荒れ気味だった。
「真壁、今日一緒に寝る相手いないんだけどお前来るか?」
「俺、一度寝ると結婚しようって言い出しますよ」
「・・・それってこの街の女には最強の口説き文句の気がしてきた」
うなずく神田さん。この街にいると、連れ出してくれる王子様を期待しちゃうよねーということだった。それまで色々あったから、なかなか抜け出すきっかけがつかめないし今更再就職もする気にならないし、かといって遊んで暮らすほどお金はないしということらしい。
「ただ、女も30才になると王子様だからってすぐには喜ばないけど。服のセンス、馬の乗り方、もちろん王子様自身・・・」
いや全然口説けてないだろうそれじゃ。笑う。
今夜は星がきれい! だ。でもきれいな星空を見ると東京の空が懐かしくなったりする。上空にわだかまったスモッグが地上のネオンを反射して、うっすらと明るい空。それはもちろん喜ぶべきものじゃないけれど、俺にとっては思い出の空だから。
ちなみに津差さんは40キロ持ってあれから歩ききったそうだ。狂ってる。