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「昨日も来てたんですか?」
国村光(くにむら ひかる)の驚きの声に星野幸樹(ほしの こうき)は頷いた。昨日は自衛隊員として、今日は探索者としてだと言う生真面目なその顔に藤野尚美(ふじの なおみ)が敬意のこもった視線を向けた。
「まあつまりあれだわ」
遠慮のない言葉は縁川さつき(よりかわ さつき)のものだった。
「星野さんち、きっと今大掃除してるんだわ」
ぎくりとした表情に、落合香奈(おちあい かな)があら図星だわとつぶやいた。なあんだ、という空気の中で自衛隊の士官は落ち着き払って掃除はきらいなんだと言った。
さてそろそろご飯だわね、と時計を眺めて落合が手を打った。すでに午前の示威行動は済ませていた。普段の探索とは違い示威の場合は階段付近を徹底的に殺し尽くす。その結果、日が経つにつれ階段付近からは怪物の気配が消えていくのだった。昨日に比べて早い時間での切り上げのわけはそれだった。
誰か、北酒場に行って中華スープもらってきてよ――その言葉をさえぎるように、詰め所の扉が開いた。
「鈴木さん・・・」
真壁啓一(まかべ けいいち)があいまいな口調でつぶやくのを落合は聞いた。最近少しずつ元気になった一八歳の娘に、何かあったら詰め所においでと言い残して出てきたことを思い出す。何かあったのだろうか? 心配になって訊くと、真壁さんと星野さんにきちんとお礼を言わなきゃと思って、との答えだった。部隊の壊滅からもう十日過ぎたがその間一度も外出していなかったのだから、当然礼も言えていなかったのだ。落合は嬉しくてうなずいた。
真壁の前に歩み寄りぺこりと頭を下げる背中は、まだ心細さを感じさせるものの大分ましになったようだ。いや、うん、元気になったならよかったと嬉しそうで照れくさそうな真壁の顔。二人の様子に思わず頬がゆるむ。うん。もう大丈夫だ。
ついで星野に頭を下げると、いくらなんでも十日も連絡がないのはちょっと礼儀にかけるぞと自衛隊員は諭した。すいませんでした、としゅんとする肩を見て落合は反射的に言い返そうとした。まだまだ未成年なんだぞ。それなのに大変な目に遭ったんだ。少しは優しくしてやったらどうなんだこのヒゲ公務員。
「ということで、罪滅ぼしに北酒場までひとっ走り行って弁当を取ってきてくれ。真壁はスープだ。10分でやれ」
「10分ですか?」
真壁がぎょっとしたように立ち上がる。そりゃちょっとムリでしょ、車道横断するわけにも――
「9分50秒」 星野は耳をかさずに視線を時計に落としている。
わっかりました! と叫んで秀美は駆け出していった。慌てて真壁が後を追った。