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昨日からお店はお休みで、早起きの必要はなくなった。それは嬉しい。でも憂鬱な仕事だわ、と鶴田典子(つるた のりこ)は倉庫のスイッチを手探りで探しながら考えた。迷宮街の道具屋は商売をする上で非常に大きなメリットを享受していた。最大のものは競合する他店がないために(価格は常識を超えた高騰をしないように事業団から厳しく監視されていたが)かなり正確に入庫量を調整できるということだ。これは大きい、と自身も滋賀県で酒屋の娘として育ち商学部に在籍している鶴田にはよくわかる。しかしそれ以上に恵まれているのは、街の設計のときに事業団から広大な倉庫を割り当てられた点だ。街を南北に走る大通り沿い、南端にあるこの倉庫には軽トラを五台停められる駐車場と、サッカーが二ゲームできそうな収納スペースがある。所有者は事業団で、道具屋に低料金で貸し与えられている倉庫だった。
しかしね、と鶴田は思う。場所に余裕がなければ頭をふりしぼってナップザック問題に挑戦するのだろうが、余裕があったために雑然と商品が詰まれていた。道具屋のスペースの端に立って眉をひそめる。このカラーボックスは自分のアパートのものと同じはずだ。同時に入荷したからわかっている。同じ色だったと思ったけれど? 指をさっと触れてみて、分厚いほこりで色が変わってしまっているのだと気づいた。慌ててもどした指がほこりを上げ、げほげほと咳き込む。私はぜんそくの気があるのに! 去年は小林さんがいたから任せられたのに・・・。
自分より新しいバイト二人に視線で合図した。彼らが手近な棚に取り付いた。それを見届けて鶴田は伝票の束を取り出す。
「商品名カラーボックス、発注者は笠置町葵(かさぎまち あおい)さんでーす」
「そのまま」
「はーい」
「商品名木材。発注者は神田絵美(かんだ えみ)」
「そのまま」
「了解」
二人から交互に棚の商品のタグが読み上げられる。これらは探索者が道具屋に代理注文を依頼した商品だった。こちらからの連絡ミスか、注文者の受け取り忘れかもっと根本的な理由か、ともあれ買主に出会えずにいる製品たち。料金は前金でもらっているからこうして放置してしまっているのだった。それを年に二回の棚卸で整理する。憂鬱な仕事だ。
「商品名火鉢。発注者は西谷陽子(にしたに ようこ)」
「えーと・・・そのまま」
「了解」
「商品名マグカップセット。発注者は大木邦人(おおき くにひと)さんでーす」
「そのま・・・いや、返品」
「はーい、返品、と。あたしもらっていいですか?」
陶器の写真が刷られている箱を、もの欲しそうに持ち上げるアルバイトに微笑んだ。
「いいけどちょっと待ってね」
微笑を浮かべたままで。真顔になんかなれるものか。
「遺族に確認するから」
顔色がさっと青ざめた。まだ高校生だろうか? 彼女はたしか事業団職員の娘だったはずだ。昼間はまずこの街におらず、夜は出歩かない彼女はこの街特有の光景にあまり免疫がないのだ。
「商品名、アグリッパ胸像。発注者は今泉博(いまいずみ ひろし)」
「・・・・」
「鶴田さん?」
「え、ええ。大丈夫。返品で」
「了解」
憂鬱な仕事だ。唇を噛んだ。