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ずらりと試験生が並んでいる。橋本辰(はしもと たつ)はごきりと首を鳴らした。『人類の剣』でありこの国でも十本指に入るだろう戦士であっても長時間の運転はこたえた。昨夜はぎりぎりまで名古屋にいて、妻と子がすうすう寝息をたてる中、ガムをかみながら車を運転してきたのだ。迷宮街にたどりついたのはもう十二時で、今朝は妻は起きてこなかった。息子は――この寒い中ジョギングに出かけた息子におかしく思う。もとより自分が『人類の剣』だから何の気なしに教えた剣術、息子にはあいにく際立った才能はないものの中学生の剣道府大会で個人戦ベスト四になったのはさすがは我が子と思っていた。しかしそれで天狗になるあたりがまだまだだなと。そう。天狗になっていたのだ。間違っても冬休みにジョギングをするような人間ではなかった。何があったのかと妻に訊いたら「お餅つきですごい人を見た」のだそうだ。すごい人? 誰だ? ほら、あのでっかい人。
そうか、津差か。たしかにあの巨人は中学生の自負心などこなごなに砕くインパクトがある。自分がかつてある老人を前にして実感した「今のままでは自分はこうはなれない」という絶望感と同じ種類のものを津差の巨躯は子どもたちに与えるのかもしれない。
そう、戦士になるには体格は重要だった。正月四〜六日と体力テストを突破した人間は総勢にして七八人。大盛況だった。やはり一年の計としてここにあわせて満を持して参戦したテスト生が多いのだろう。体格的にもかなり期待できるものが散見された。一人一人の目の高さに視線を合わせ横にないでいく。それががくりと下がった。
低いな! と思う。どうせ戦士はムリだからここはパスすればいいのに――とまじまじと見たその女性、おそらく140センチ台前半に位置するその女性の顔には見覚えがあった。口がぽかんとひらく。
「三峰さんですか?」
峰えりか――商社の買取技術者――はにっこりとうなずいた。女性用のツナギでもさらにぶかぶかで、わざわざベルトを持ってきてウェストできっちりと締めていた。それが腰の細さを目立たせている。
何やってるんですか、と橋本は呆れた。この技術者の知的好奇心は常々実感しており、この娘のボスからはその知的好奇心の充足にはできる限り配慮してもらえるように、費用が発生したらすべて請求してくれるようにと頭を下げられていた。何をやってるんですかそんなところで。調べたいことがあったら言ってくれればきちんと場を作りますよ。あーあーそんな七五三みたいなツナギ着ちゃって。こっちにいらっしゃい。
小さな科学者は呆然としたように七五三、と呟いてから再び笑顔を浮かべた。いえ、今日は適性検査だというから来たんです。その言葉を聞いて、いやそれは確かに適性検査の日ですけどね、と橋本は子どもに対するような穏やかな口調で説明した。もう立派な社会人だとわかっているが、普段の白衣ならまだしもぶかぶかのツナギで小柄な身体は子どもと対しているような気分にさせるのだ。探索者になるには体力テストがあるんですよ。適性検査には特例がありますけど、体力テストには特例は認められないんです。いくら三峰さんでも試験は受けていただかないと。
だから、きちんと合格したんです。胸をはる姿にその周囲の――連番で並んでいるからおそらく同日に受験した者たち――に視線を移した。一様にその言葉を肯定するうなずきを見せた。腕を組んで深く唸った。大の男でも音を上げるあの体力テストにこんな小さな身体で。大変なことだった。
「それはそれは」
橋本はにっこり笑った。失礼を申し上げました。そのお詫びといってはなんですが、戦士の試験は特例でパスにして差し上げます。そう言って斜め後ろの事務員を振り返った。四二番は戦士は不合格で。
こぼれる笑いとムキになる反論の声。冗談じゃないです。どこが特例ですか。私は全種目合格するつもりなんですから。特例なんていりません。絶対にパスしてみせます。
あーはいはい、と橋本は先ほどの言葉を取り消した。笑いをかみ殺しながら、こと戦士に限っては体格的な限界はあるのにと思う。しかし本人が希望するなら試験を止める理由はなかった。
もちろん結果は予想通りになった。