今年初めての探索は悪くない成果で終わった。第二層、延々と続く降り口への道で化け物たちに出会わなかったのが大きい。ほとんど消耗せずに第三層に到着した。まずは真城さんたちから依頼されていたことを済ませる。例の、西野さんと鈴木さんが登ってきた縦穴が、第三層ではどこにつながっているのかという調査である。女帝は相変わらず縦穴を使用してショートカットする狙いをあきらめていない。最初は俺たちを雇ってアマゾネス軍団が第四層に降りている間――つまり一日ずっと縄梯子を守らせるつもりだった。しかし第二、第三層で化け物に縄梯子を切られたらどうするのさという俺の言葉にその計画は頓挫した。今度の計画はもっと気合が入っていた。繊維でつくられた縄梯子ではなく金属製のはしごなどを下ろしてしまい、彼女の軍団が各層を通過するそのタイミングだけを他の探索者に守らせるというものだ。アマゾネス軍団は精鋭四部隊と呼ばれていて、それくらいになるといわゆるマイナーリーグと呼ばれる親しく交流する部隊がある。その部隊に第三層を、俺たちのところに第二層を、どこか適当な部隊に第一層を、探索の合間に時間を決めて守らせようというつもりらしかった。なるほど、確かに一日のうちたった二回30分ずつだったら一人二〜三万でやろうという気にもなる。
そのためには俺たちが自力で縦穴の淵までたどり着かなければならない。しかしそこはいまだ未到達地区に分類されていた。岩盤に完全にさえぎられているか、あるいはもっと厄介なエーテルの壁に道をふさがれているか。どちらかを調査し岩盤だったら掘削をこころみ、エーテル流だったら熟練した罠解除師に解除して道をあけてもらう。そのための事前調査である。
訪れた第三層のそこは、俺が見てもちょっとやばいと思うほど強烈に何かが流れていた。あれだ。NHKか何かの番組で見た、鉄鋼工場で見られる水圧のカッター。迂闊に指を突っ込んだらなくなりそうな勢いで何かが流れている。常盤くんがしばし絶句して「これはムリでしょ」と呟いた。それでも不思議なことに、向こうからなら通れそうだという。本当に、理解を超える現象ばかりが起こる場所だな、地下ってのは。ともあれ女帝の企ては第三層においてはムリっぽかった。
それにしても、色々おこる不思議な出来事、できることなら理屈を知りたいものだ。商社の技術者である三峰えりか(みつみね えりか)さんという方はとうとうそれが嵩じて探索者になってしまった。だからできる限り協力できることはしたいと思う。
そう、その三峰さんは今日の適性試験で戦士以外の全職業に素質を認められて見事魔法使いになった。常盤くんはそのお手伝いがしたくてうずうずしているようだけど葵のそばにいる今の状況を離れるのもためらわれるという。探索者の恋人同士といえばまず濃い沼夫婦が挙げられる。鯉沼夫婦はかたや星野さんの部隊かたやアマゾネス軍団と別れているけれどそれは二人ともが治療術師だから特別で、恋人同士はたいがい一緒にいたがるしその気持ちはよくわかる。毎日どちらかがどちらかの安否を気遣って不安にくれるなんて大変だから。そういうこともあって常盤くんにはうちに残るように勧めている。それでも三峰さんという頭がよくて好奇心旺盛な科学者が地下に潜るというのは探索事業において一つの契機になりうると俺は思っているから、できる限り彼女(の部隊の、ではなく)の安全は守りたいと思う。それは精鋭四部隊のリーダーも同意してくれて、そのために(真城さんは独自に前衛として誘っていたのだけど)鈴木さんを三峰さんの部隊の罠解除師として勧めた。鈴木さんの返事は「考えてみます」だった。彼女も何か、考えているみたいだ。それはそれで嬉しい。
あ、話が前後したかな。今日は戦闘自体は問題なく済んだのであまり書くことはないのだ。
地上に戻ってからアマゾネス軍団プラスアルファの新年会に引きずり込まれた。その場で進藤くんがいろいろと真城さんにアドバイスをもらおうとしていたけど、それは彼の仲間の海老沼洋子(えびぬま ようこ)さんについてのことなんだけど、なんだかなあと思う。女性で強い=真城雪という単純な図式でアドバイスを求められても真城さんも困るだろう。まずもって体格が違うし(真城172センチ、海老沼165センチ)、得意とする戦法も違う。というより本人が訓練場で稽古をつけてもらわない限り伝聞じゃ改善されないことだろう。もちろん進藤くんもそれはわかっているのだろう。わかっているけど、それでも訊かないといられないのだ。うーん、仲間に恵まれない部隊のリーダーは大変だ。もしかして初期は翠にも心労をかけていたのだろうか。きっとそうなんだろうな。感謝しないと。