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いちばん話したい相手は、一番話したいからこそ長くかかると予想ができたために後回しにしていた。その結果がこれである。笠置町翠(かさぎまち みどり)は微妙に騒ぎの中心からずれたところですうすうと寝息を立てている。
その隣に真壁は腰掛けた。おーい、と小さく声をかける。
「あれ? 翠寝ちゃった? おーい、おーい、起きろー」
返答は深く長い寝息だった。かすかにいびきも漏れている。
「おーいー」
「・・・・・」
肩に手をかけようとしたのを見かねてか、少し離れたところから津差龍一郎(つさ りゅういちろう)が声をかけてきた。
「いや、寝かせておいてやれよ」
そういわれると真壁もしぶしぶと立ち上がった。
「・・・あーあ、最後になるからいろいろ話したかったんだけどな」
「明日の朝でいいじゃないか」
その言葉には首をかしげてみせる。
「うーん、いかにもお別れ! ってのは苦手なんですよね。早いうちにさらっと出て行こうと思ってるんです」
「そうか――だったらちょっとひっぱたくか」
あれ、と酔いのまわった頭で真壁は思った。自分の『ひっぱたく』と、この男の『ひっぱたく』は少し違うみたいだ。その手は握り締められ高く振り上げられている。われに返って寝ている娘との間に身体を割り込ませた。
「いやちょっと待って。それきっと壊れるから。この女でも壊れるから」
「そうか?」
「寝かしておいてあげましょう。考えてみたら、迂闊なこと言いそうだから」
その場を離れて歩き出す。その足を津差の言葉が止めた。
「真壁」
「はい?」
「相手が飛び出してきたとしても、やっぱり跳ねちゃったら手当てが必要だと思うぞ」
たっぷり数秒して、真壁はさびしそうに笑う。
「手当ての技術がまったくない人間でもですか?」
「――まあそうだな。お前には待っている人間がいるんだもんな」