18:40

顔を寄せてきた笠置町葵(かさぎまち あおい)は首筋までがもう真っ赤に染まっていた。普段はゆるくウェーブのかかった髪を今はまとめあげ、ポニーテールにしている。姉とは違い色を抜いていない烏羽玉の後れ毛が妖艶に揺れた。ふっと視線の先には星野幸樹(ほしの こうき)と話しているこの娘の恋人が見える。真壁はいたずら心を出して葵の顔に自分も顔を寄せた。
「真壁さんにはいろいろと訊きたかったよ」
囁き声。真壁は苦笑した。
「これだけ長い間一緒にいて訊けないことはあと一年一緒にいても訊けないことだと思うぞ」
「じゃあ今訊く――男を浮気させないコツは?」
「ああん? なに? 常盤くんに不穏な気配? 相手はやっぱりみつ――」
わざと高く上げた声は、おそらく意識のすべてをこちらに向けていただろう常盤浩介(ときわ こうすけ)の耳にも当然届いたようだった。彼はそれまで星野に向きあっていた身体をこちらに向けた。
「だーかーらー! 教授に顔合わせしてくれるのと研究の材料になるのが引き換えなんだって!」
対する葵は冷え冷えとした視線。薄皮一枚内側に潜む含み笑いにも、当事者である常盤だけは気づけない。
「二泊だもんなー。ちょっと信じられないなー」
「葵ちゃんのためにこっちの大学選んでるんじゃないか! 真壁さん教えてくださいよ、バカ女を信用させるコツがあったら――」
「なんだとこの野郎! もう一遍言ってみろ!」
常盤の言葉が途切れたのは、気色ばんだ翠が怒声をかぶせたからだけではなかった。真壁と翠の見つめる中、自分との会話を突然中断された自衛官が常盤の首筋をつかんでいた。首根っこをつかまれた若者はか、か、か、と息にならない悲鳴をあげている。
「うん、まあ、俺のほうが円満のコツを教えてもらいたいくらいだ。ところでバカ女ってのは由加里のことか?」
「え、あ、かは、うう」
その言葉にも常盤は目を白黒させるばかり。真壁は葵と顔を見合わせて笑った。