収入は増えているのに支出も増えている・・・まあ、貯めこんでも墓場までは持っていけない(冗談抜きで)ので、必要な分は出し惜しみせず使うとしよう。日本経済にも貢献しないとな。実際のところ祇園では売上が上がっているらしい。
今日は目新しい訓練をはじめた。一昨日の怪我を思い出すたびにバランス感覚が大事だと思ったからだ。あと受身。受身は橋本さんに教わって、バランス感覚としては訓練場の端っこに転がっているバランスボールを使ってみた。
学生時代から親しんでいるから立ち上がるのは簡単だった。しかしその場で剣を振ってみるとうまくいかない。何度も転げ落ちているうちになんだ? と人が集まってきた。それはちょっと無様すぎないか? と笑う津差さんに場所を譲ったらすごい音を立てて転げ落ちた。そう。慣れていない人間にとっては上に座ることだって難しいのだ。教官の橋本さん軽々と飛び乗って目にもとまらない速さで木剣を振り回し始めた。これにはみながぽかんと口を開ける。
実際にできるとわかってみれば、さすがに身体を動かして飯を食べている連中だ。七つあるバランスボールは常に順番待ちになってしまった。そうしているところに翠が入ってきた。ボールに乗っては転げ落ちている男たちをぎょっとしたように眺め、なにやってんのと訊いてきた。橋本さんが「バランス感覚の訓練だ」と答える。「真壁さんやったほうがいいよ。平地で転ぶような人には必須でしょ」・・・はい。わかってます。
すでに翠は迷宮街屈指の剣士として名を知られている。ちょっとやってみたいという申し出には第一期からいる先達がすぐ飛び降りた。このあたりは年齢ではなく実力がヒエラルキーを形作っているのだ。
おそるおそるバランスボールの上に正座した。すぐにぴたりと身体が止まると慎重に片膝を立てる。難しいね! と笑いながらすっくと立ち上がった。見物人からどよめきが起きた。促されて木剣を手渡す。ゆっくりと青眼に構え、振りかぶり、振り下ろす。剣を振るっている姿はいつも見ているはずなのに、ゆっくりと素振りをする姿になぜか、きれいだ、と思った。


夜、北酒場で食事をしていたら笠置町姉妹が入ってきた。ご両親らしい方々と一緒だった。声をかけようと思ったけれどできなかった。二人とも俺よりも背が小さいくらいだったのに、そこにいるだけで気おされてしまったのだ。一緒に食事をしていた恩田くんも同様だったらしく、一家が座るまで目を離せないように凝視してからすげえなとだけ呟いていた。まったく同感だった。ところが恩田くんと部隊を組むという罠解除師の鈴木秀美(すずき ひでみ)さんという子は「ああ、あれが」といった風情で何も感じられないようだった。俺たちが、地下に潜って強さを感じられるようになったということかな。
そうそう。鈴木さんは何日か前に訓練場で見かけた女の子だった。やっぱり合格したらしい。俺が声をかけたのをナンパだと思ったと笑っていた。彼女は先日まで女子高生だったとのこと。どうしてこんなところに・・・と訊いたら「卒業を待っていたら第二期募集が終わっちゃうかもしれないから」と答えが返ってきた。高校に通っていたのなら親御さんに食べさせてもらえるだろうに、そういう状況を捨ててまでここに来るというのはすごいことだと思う。
悲しいことだとも、思う。