本日の収穫は九万円と少し。そろそろ金銭感覚がマヒしてきた。
今日気がついたのだけど、各銀行や郵便局のATMはこの狭い迷宮街に二ヶ所あるのだった。ひとつはもちろん東西大通りの西側にある各銀行の支店内。そしてひとつはATMだけが迷宮の出入り口詰所内部に。どうしてこんなところにあるのだろう? と最初は思ったが今ではなんとなくわかる気がする。地上に戻り、こぎれいになる前にお金を預けさせようという作戦なのだ。確かに今では街に出る前に財布に15,000円を残して稼ぎを預けるようになっていた。そうさせる工夫をしないと探索者が現金を持ち歩くスパンが長くなり、しかし毎日の探索者への支払いは現金で行われるため、絶え間なく外界から現金を運び込まなければならなくなってしまうのだ。迷宮街内部である程度以上現金を循環させるためには水際で通帳の上の数字に変えてしまうことが望ましいのだろう。詰め所のATMは週7日24時間出し入れ無料だった。そういうことなら支払いを振り込み方式にすればいいと考えるかもしれないけど、そうはしていなかった。思いつかないはずがないから、探索者の反対があって実現しなかったのだろう。確かにわかる。命を張って稼いだ成果は数字ではなく現金で受け取りたいのだ。ほぼすべての探索者がそのすぐあとに数字に変えてしまうとしても、その気持ちは変わらない。
最近は俺たちも余裕が出てきて、三時ごろにさっぱりしたあとは京都や大阪に出て行くようになっている。今日は笠置町姉妹がコンサートに出かけていった。俺はといえば同じく今日潜っていた恩田信吾(おんだ しんご)くん、その仲間の鈴木秀美(すずき ひでみ)さん、そして女帝真城雪(ましろ ゆき)さんと一緒に食事をとった。鈴木さんは頭の回転が速いけど素直でかわいらしく、真城さんのお気に入りみたいだった。彼女はこれで四回目の探索だという。調子はいかが? と訊いたら特に問題なしと頼もしい答えが返ってきた。
真城さんの売り文句は「アタシは酒も涙も升で数えるからね!」というもの。ほとんど飲めない恩田くん、未成年だけにまだまだ余裕がない鈴木さんと同席しては必然的に相手は俺になる。二人がダウンしたあと、戻ってきた笠置町姉妹、顔を出した津差龍一郎(つさ りゅういちろう)さんを加えて五人で飲んでいたら隣のテーブルで喧嘩が起きた。古株の探索者の集団とにらみ合っているのはこの街に住んで俺たちの剣やツナギを作ってくれている鍛治師たちだった。皆、探索者の戦士に劣らない屈強な身体つきをしている。
彼ら鍛治師たちの待遇は迷宮街にいるほかの一般人とは明らかに違っている。衣食住のうち衣料品店はそもそもなく(コンビニでTシャツやパンツくらいは売っているが)、食も住も外部の企業が運営しているこの迷宮街において、彼ら鍛治師たちは迷宮探索事業団が直接雇い入れて給料を支払っている。剣や金属を織り込んだツナギなどという特異なものはさすがに頼む先がないのだろう。だからほとんどが第一期の探索者よりも古株であり、自分たちがこの街の主であるかのように振舞うことがあった。
日々の重労働で鍛え上げられた鍛治師たちと熟練の探索者たちの喧嘩は、予想に反していい勝負だった。「素手の喧嘩で農民に勝てる奴はいない」とはよく言われるけど、俺たちも剣を持たなければそんなものかもしれないな。何より俺たちには人間を殴る心の準備はできていないから。
酔っていたのだろうか、剣呑な気配がわからなかったのだろうか、鈴木さんが喧嘩が始まる直前、にらみ合う彼らの間をするすると通り抜けて刺身の皿を取ってきていた。たいした度胸だ(そして刺身はうまかった)。