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「こういうものがあるなんて想像もしませんでしたね」
鹿島詩穂(かしま しほ)はさすがに魔法使いの訓練責任者だけのことはあり、高田まり子(たかだ まりこ)に差し出された石片をつかんだだけでそれがどういうものなのかを理解したようだった。
「まりはどう使えばいいと思いますか?」
鹿島は教官であり高田の師にあたるはずだったがそれでも意見を訊いた。傍で見守る越谷健二(こしがや けんじ)にはそれがこの教官の通常の態度なのか、あるいは魔女姫だから特別なのかはわからない。
「うん。私たちが地上で持っても触媒の代わりにはならないわね。そして、そもそも迷宮内では必要ない。でも、自動的にエーテルを集めてくれる力は役に立つと思う」
「黒田さんの領分でしょうか?」
「そうだね。彼は天才だけど、彼と同じようなことがこっしーにもできるようになるかもしれない――使い方を勉強するか、それとも方向を固定するか」
そこで話を聞いているだけだった越谷が手を挙げて会話をさえぎった。
「えーと、帰っていいか、説明してくれるかどっちかお願いします」
魔女二人が視線をかわした。高田が口を開く。
「この石は、私たち術師たちが迷宮内で使うエーテルを常時集める力があるの。ゆうべ私が一時的にエーテルを集めたら反応して輝いたでしょ? そういう性質があるんだろうね」
越谷がうなずいて先を促す。話を継いだのは鹿島だった。
「魔法使いや治療術師が精神力でやっていることが、これを持つだけである程度自動でできることになります。越谷さんもご存知のようにエーテルは便利な道具ですが、あなたがた戦士は自分で集めることができません。そこをこの石が肩代わりしてくれるのならば、それを利用していろいろなことができると思われるのです。――黒田さんの戦いをごらんになったことは?」
訓練場でなら、との答えはいぶかしげだった。そうだろう。随一の剣士である彼ならば黒田聡(くろだ さとし)が決して超一級の剣士ではないとわかっているはずなのだ。その男を捕まえて魔女二人は自分よりも格上のように話しているのだから。
「こっしーの強さってのは、地上でもどこでも変わらないでしょ。それは純粋に肉体と技術だけの強さだからだね。でも、黒田くんは違う。黒田くんはその才能があって、自分の攻撃や防御に自然とエーテルを利用しているの」
「…・…魔法を使っている、ってことですか?」
「それほどハデじゃないけど、こっしーは地上でも迷宮内部でも砕ける石は同じだろうね。けど、黒田くんは違う。訓練場では砕けないような岩であっても迷宮内部ではこなごなにしたりする。場所限定の強さになっちゃうけど、それだけに強いよ」
「そういうものもあるのか…・…」
鹿島がうなずいた。
「そういうことです。越谷さんと黒田さんの違いは無意識にエーテルを集められるかの違いですが、これはもう、才能というしかないものです。だから黒田さんのような戦士が現れても私たちは他の戦士たちに見習えとは勧めませんでした。どんなにがんばっても素質がなければできないことですから。けれど、集めるパートをこの石が代行してくれるのならば、その操作はそれほど難しくないはずです。特に剣やツナギに直接石をくっつけてしまえば操作の必要すらないかもしれません」
「片岡さんかな」
「でしょうね。でもまずは理事の方々に相談してみます」
そしてしげしげと石を見やった。夕べ、魔女姫がエーテルを集めるまではくすんだままだった石は昼の光の影響だろうか? 教官の細く白い指につままれてかすかにきらめいているように見えた。それにしても、とそれを眺めたまま教官は続ける。
「それにしても四階に届くようになって結構たつのに、どうして今まで見つからなかったんでしょうね」
「宝石マニアがいなかったからよ」高田は越谷の肩を頼もしげに叩いた。
「お手柄だよこっしー。ご褒美は何がいい?」
二人分の賞賛の視線に柄にも無くうろたえ、いえ何もしてませんからと口の中でつぶやく。こういうときにさらっと「ほっぺにチュで」と言えない性格が少し悔しい。