津差龍一郎(つさ りゅういちろう)重体。今もまだ自分の部屋で寝ているはずだ。
第二期の有望な探索者が精鋭四部隊に出稽古に行くという企て、今日は津差さんが先発隊として出ることになった。出稽古先は魔女姫高田まり子(たかだ まりこ)さんの部隊で、ここは数日前に境周(さかい あまね)さんが亡くなったので誰かの代役というわけではなし。俺も気になったのでトレーニングが終わった後出口の詰め所で待つことにした。
詰め所には久しぶりの三峰えりか(みつみね えりか)さんがいて、彼女は四日に探索者の試験に合格したもののまだ地下に潜っていないという。何をしているのか? と訊いたら東京の大学に詰めていたのだそう。魔法使いが術を起こすためにイメージを描くその時の身体的変化を調べていたらしい。体表の温度は当然のこと湿度やら電気抵抗までありとあらゆる検査を行ったけど変化は見られなかったとファイトを燃やしていた。今度、もっと設備が充実したアメリカの大学に(技術を独占したい会社側には内緒で)行くそうだ。じゃあ自腹ですか? と訊いたら、そこは上司の後藤誠司(ごとう せいじ)さんが会社には内緒でお金を出してくれるらしい。後藤さんという方はものすごく長いスパンで判断する方なんだなあと思う。もちろん近距離には自分の営業実績を上げるという目標を立てるけれども、それよりもまず社会的に見て意義のあることをしようという気持ちがあるような。単に長期的視野で偉業を成し遂げようと望む人ももちろんいるのだろう。けどそういう人は俺たち凡人には理解しづらいし熱意を共有もできない。でも後藤さんはまず自分の短期的利益を明確にするからその動機を理解しやすいし、同じように短期的中期的な利益を相手にも提示するから判断もしやすい。たとえば50年後に後藤さんが歴史の教科書に載っているとしても俺は驚かない。自慢はするけどね。何しろ一緒に土嚢を運んだ仲だから。
地上に戻ってきた津差さん、無事だったのだけどシャワーをあびて買取査定を待つソファでいきなり眠り込んでしまった。額を触るとすごい熱。探索者ならたいがい経験する緊張のあまりの発熱だった。津差さんはずっと第二層が限度だったのだからそれはわからなくもない。けど、初日に熱出した俺と比べるとなんだか悔しく思う。もうなんというか、心身ともに格が違うということなんだろうな。
魔女姫部隊の戦士である黒田聡(くろだ さとし)さん、神足燎三(こうたり りょうぞう)さんと三人がかりでとうとう120キロを越えた津差さんを部屋に叩き込んでから、これほどの発熱であるからには相当消耗しているだろうという神足さんの意見にしたがって薬局で栄養剤を買い込むことにした。薬剤師の中村嘉穂(なかむら かほ)さんに栄養剤くださいといったら「その年で女喜ばせるのに薬使ってどうする!」 と、会話のキャッチボールが成立しないほどのどまんなか剛速球を投げられた。この街の女性は総じてたくましいけど、たくましさでは嘉穂さんと女帝は双璧を張る。
津差さんが寝込んでいると言ったら、「あのでっかいのだったら普通の栄養剤じゃ効かないよ」 と特別なのをブレンドしてくれた。それはありがたいけれど渡されたときのコメント。
「女の子ひとりでは見舞いに行かせないようにおしよ」
何を飲ませるつもりなんだこの人。
お手製の栄養ドリンクを持っていったときにはちょうど目を覚ましていて、おいしそうに飲んでいた。そのときはかなり回復していたように思えたんだけど、夕食済ませてもう一度見に行ったらうんうんうなっていた。いま津差さんが寝込んでいる原因は本当に緊張なのだろうか?
まあそれでもこの人は化け物だ。高田さんはすっかり津差さんを引き抜くつもりでいる。