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左右からほぼ同時に斬りこみが送られてくる。真城雪(ましろ ゆき)はふーん、と感心しながらも余裕を持って両方とも弾き飛ばした。そして軽い前蹴りをみぞおちに叩き込む。うずくまって下がった頭を左手の裏拳で払い、がらあきになった首筋にそっと切っ先を当てた。殴られた衝撃から回復した瞳が同時にこわばる。なるほど、と真城は木剣を肩に担いで傍らの娘を見やった。
「なるほど、エビちゃんは視界が広いってことね?」
娘――鈴木秀美(すずき ひでみ)は嬉しそうにうなずいた。そしてどうでしょう? と問う。女帝は見上げてくる海老沼洋子(えびぬま ようこ)と視線を合わせた。第二層だっけ? 真剣な表情がうなずいた。確かにこの広い視界で相手のスキを見つけるのが容易になり二刀でそこを突きやすいとなれば、第二層程度ならかなり渡り合える気がする。何しろあの階層ではまだ鉄剣をはじき返すような硬度の化け物は出てこない。正直なところあと一ヶ月くらいは第一層で実戦経験を積みつつ身体能力を鍛えるべきだとは思うが――女戦士の苦しさは誰より彼女がよく知っていた。
探索者にもっとも必要な能力とは、実は生き残る能力ではない。一人では地下に潜れない以上仲間を見つけ、その仲間から必要とされるいわば営業力が第一に必要なのだった。そのためには生命力に劣る女性はどうしても不利だった。自分のアマゾネス軍団も今でこそ精鋭部隊の一角を担っているものの、当初の結成理由は各部隊から弾き飛ばされた女たちの寄り合い所帯だったほどである。仲間たちが第二層にチャレンジをするという、そのときに水を差してしまったらおそらく海老沼は解雇される。そして、第一層で仲間から解雇されるような女戦士を欲しがるような部隊にろくなところはなかった。彼女はなんとしてでも最初の仲間たちに食いついていなければならない。なにしろ部隊のリーダーが海老沼に対して好意的で理解を示そうとしている。確か部隊内にサラブレッドが一人いて彼女に批判的だったが、リーダーがその意見を抑えているとも聞いた。そこ以上に理想的な居場所はないはずだ。
「まあ、これくらいできれば絶対ムリってことはないと思うな」
ホッとしたようなその顔に笑みを向ける。ようやく自分の進む道が見えたね、との言葉にしっかりしたうなずきが返ってきた。
「確かに体力的に劣る女は戦士には向かない」
語って聞かせるつもりで話し始めた。目の前にいる娘は一昨年の自分だった。あの頃の自分は先輩となる女戦士もおらず全て手探りで見つけなければならなかった。だが、今この娘には自分がいる。できることは教えてやれる。それが嬉しい。
「それは確かなことだよ。でも、女戦士だからこそ有利だって面もあるんだ」
怪訝そうな顔に続けた。確かに筋力体力ともに劣る自分たちは、それに代わる何かを探し出してそれに特化しなければならない。自分は跳躍と長く重い剣によって過重を倍増する剣術だし、笠置町翠(かさぎまち みどり)は太刀ゆきの速さと正確さだ。鈴木秀美は相手の急所を見抜く能力とそこを突く器用さ。どう考えても津差龍一郎(つさ りゅういちろう)にはなれない女だからこそ、何か一つ武器を決めてそれを研ぎ澄まさなければならなかった。
「でもね、津差龍一郎になれないって意味では男だって同じなんだよ」
第四層までなら男たちもその性別からくる筋力でやっていけている。しかしいつかそれだけでは通じない日がくるはずだった。そのときになにを武器にするか、同じ悩みは男の戦士たちにも来るのだった。
「だけど、ある程度実績を積み重ねて癖がついてしまったらなかなか変えられるものじゃないからね。それにいろいろなやり方を試すには階層が低いうちがいいのはもちろんだけど、ひとたび第四層に達した人間がそれより浅い階層に戻れるはずもないし。そういう壁に早くぶち当たる私たち女は、考えようによってはラッキーなのかもしれない」
海老沼はあまり納得していないようだったが、鈴木は深くうなずいた。
「ともあれ、方向は決まったとしてもエビちゃんはまだまだ身体能力も鍛える余地はありそうだよね。今度国村くんとか真壁とかに紹介してあげるから、トレーニングの方法を教わるといいよ――授業終了ということでいいかな?」
ありがとうございます、とぺこりと頭を下げた。生き残るんだよ、と祈る気持ちで肩を叩いた。