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「しっかし、まあ。金具の固定、解けない結び方、そういうものもわからず縄梯子で三〇メートル下りようとしてたのかお前さんたちは」
濃霧地帯のふち、白いもやがかなり薄くなった場所で星野はつぶやいた。さすがは軍人というところだろうか、なれた手つきで岩盤を探ると、金具を打ち込んでいった。第四層までの上下移動はすべて斜めの壁面を鎖を伝って上り下りしている。その鎖はすべて自衛隊が設置しているもので、その指揮官である星野にも設置の心得はあるのだった。
「西野さんがやる予定だったんです」
津差の言葉にそうか、とだけうなずく。
「準備完了だ。上に残るのは誰だ?」
いくつか手が挙げられた。真壁啓一(まかべ けいいち)、津差龍一郎(つさ りゅういちろう)、笠置町翠(かさぎまち みどり)だった。普段第二層を探索しているメンバーである。
「津差なんかは一足飛びに第四層を経験してもよさそうだが…・…まあ、お前さんが縄梯子を使うのは怖いな。秀美ちゃんは来てもらう。すまないね」
自分より10以上若い娘はしっかりとうなずいた。
「鯉沼、生きてるかどうか探ってくれ」
「じゃあ鈴木さん、仲間のみんなを思い出して」そういって手袋を外した手を鈴木秀美(すずき ひでみ)の額に当てた。そして目を閉じた。治療術師の高等技術だった。大地に自分の感覚を這わせることで見知った人間がいるかどうか、生きている限りその位置を探ることができる。対象が空中に(たとえば飛行機に乗って)いたりする場合は察知できないが迷宮内部ではそれで十分だった。ちなみに星野家の猫、チョボが行方知れずになったときは、高いところを好む猫の習性もあって苦労したものだった。
「今泉くんは生きてます。ちょうどこの下のあたり。第四層ですね。あとは…・…小野寺さん、八束さんも生きてます。…・…恩田くんはダメです」
「秀美ちゃん、泣いている余裕はない」
居場所を探る術は、本人が知らない相手であっても探ることができる。しかしそのためにははっきりとイメージできる誰かが必要だった。彼女を外すわけにはいかなかった。星野の厳しい言葉に泣き顔のまま唇をかみ締めた。
星野が縄梯子を投げ下ろす。黄色いザイルは暗闇に飲み込まれた。
「じゃあ、上を頼むな。30メートルの上下移動、いる場所もわかってる。30〇分もあれば戻るから」
そう言ってするすると降りていった。