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ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、という申し訳なさそうな言葉にそりゃしょうがないわねと頷く。
西野太一(にしの たいち)の死体にビニールシートをかけて隠しただけで、二人して迷宮を駆け抜けてきた。騒々しい足音は徘徊する化け物たちを呼び寄せ、それらは次の瞬間には急所を貫かれるか原型を失うかして絶命した。それでも跳ね上げる泥、まぐれでかすった爪や剣、そして返り血でご自慢のコート(50万円もした!)はボロボロになっていた。そのありさまに室内の男女は息を呑み、そして西野がいないことに気がついたようだった。
死んだとだけ言って、円になるように指示する。当然の顔をして加わる後藤誠司(ごとう せいじ)――商社の買い付け担当者――にもちらりと視線を送っただけだ。鈴木の持っていた地図を差し出した。第四層のページであることに気づいた真壁啓一(まかべ けいいち)が驚きの声をあげた。無視する。
「太一は死んだ。秀美ちゃんは今ここにいる。あとの四人はこのあたりにいる」
指し示す地点は第四層の未探索地域。強制移動の罠ですか? と葛西紀彦(かさい のりひこ)がつぶやいた。真城はそれにうなずき、すこし指を北にそらした。それは真っ白になっていた。地上よりもなお寒い迷宮内部、普段は手袋の下にフリースのインナー手袋をつけるのが普通なのだ。そこを素手で、底冷えのする鉄剣を握り締め、泥や返り血という水分を手に浴びながら走ってきたのだった。地上に出てみると四肢にしびれるような倦怠感がわだかまっている。後藤が無言でヒーターの温度を上げた。感謝の視線をちらりと送って続けた。
「濃霧地帯の奥にある大きな穴は第四層まで続いていたわ。太一と秀美ちゃんはそこを登って来たのよ」
驚きの視線が高校を中退してきた少女に向けられた。その中で笠置町翠(かさぎまち みどり)だけが納得したような表情を見せていた。
「金具と縄梯子は用意したから、第一層の大穴のふちからこれを使って下に行ってほしい――葵ちゃんがいないのは痛いけど、健二、葛西くん、翠ちゃんだけでなんとかできないかな。津差さんと真壁は第一層で、その綱が切られないように守って」
第四層組と命ぜられた面々が顔を見合わせた。中でも翠の顔は蒼白だった。第三層にようやく挑戦しようと思っていた時期に、いきなりの第四層への侵入だったからだ。一瞬だけためらい、しっかりとうなずいた。
「じゃあ、ハト組は先に。タカ組はあとで。地下で合流して。帰りは太一の死体回収も忘れないでね」
はい、と返事をして津差龍一郎(つさ りゅういちろう)が歩き出した。その足が止まった。そこには星野幸樹(ほしの こうき)がいる。完全武装だった。
「星野さん。――ああ、自衛隊の訓練ですか?」
星野には二つの顔がある。もっとも先行している部隊のリーダーと、陸上自衛隊の将校というものとが。探索がない今日のような日であっても、迷宮内部の空気に慣らすため自衛隊員を連れてエディの訓練場を訪れていることが多かった。
「誰の救助隊だ?」
別室で待機、と配下の部隊員に指示をかけてからいきなり訊いた。さすがに熟練の探索者だった。メンバーを見て、真城の状況を見て、即座に非常事態を悟ったのだった。恩田くんの部隊です、と越谷が答えた。彼にとっては自分の部隊のリーダーにあたる。
「今泉くんがいるな――『お絵かきのお兄ちゃん』には由真がよく懐いていた。俺も手伝おう」
ありがとうございます! と深く頭を下げる真城にうなずきを返し、背後を振り返った。
「お前たちはどうする?」
振り返った先には同じく完全武装の鯉沼昭夫(こいぬま あきお)と緑川浩一郎(みどりかわ こういちろう)、そして伊藤順平(いとう じゅんぺい)の姿があった。三人ともが星野の部隊の術師であり、おそらく訓練に補佐としてついていったのだろう。第一層で魔法を使い果たすわけもなく、その顔には疲れは見られなかった。
「どうするも何も」
鯉沼があきれたように言った。笑顔が若々しい彼は探索者同士の夫婦という珍しい境遇の持ち主だった。
「私たちが見捨てて全滅でもされたら明日から前衛がいなくなるでしょうが」
伊藤があとを継いだ。緑川は肩をすくめて表情は動かない。星野はにやりと笑って見せた。