鯉沼昭夫

 12:32

腹減った腹減ったと唱和しつつ示威部隊が地上に戻った。留守番役の太田憲(おおた けん)、落合香奈(おちあい かな)がお疲れ様と出迎え、ビニール袋の中から折り詰め弁当を取り出した。そして大きなお鍋。これは落合が北酒場のコックに頼んで作ってもらっ…

 13:19

「しっかし、まあ。金具の固定、解けない結び方、そういうものもわからず縄梯子で三〇メートル下りようとしてたのかお前さんたちは」 濃霧地帯のふち、白いもやがかなり薄くなった場所で星野はつぶやいた。さすがは軍人というところだろうか、なれた手つきで…

 12:31

ドアを乱暴に開け、全員そろってる? と叫んだ。鍛え上げられた動体視力は返事よりも前にすべての人間の顔を勘定し、床に積み上げられたロープと金具も確認していた。葵ちゃんは? と笠置町翠(かさぎまち みどり)に双子の妹の所在を確認した。デートです、…

ついに芸能界デビュー!(by笠置町葵)だそうだ。 午前中に軽く身体を動かしてモルグに戻ったら告知の張り紙が出ていた。本日一八時までに以下のものは事業団の事務所に出頭と書いてあった。こういった通知はたまにあって、大体が喧嘩したので叱られるとか落…

「・・・黒田くん」 その声だけを聞いた者がいたとする。そしてその人間が本日この街で剣術トーナメントが行われたとだけ知ったとする。それでも絶対に、その誰かはトーナメントの準優勝者とドアの向こうからもれてくる声の主を一致はさせるまい。黒田聡(く…

国村光(くにむら ひかる)がその場に倒れこんだ姿を見て鯉沼今日子(こいぬま きょうこ)は思わず立ち上がった。決定打がなかったためにこの場での即座の治療術は必要ないかと思っていたがもしかしたら国村の容態は悪いのかもしれない。試合場に駆け込もう…

迷宮街唯一の飲食施設は街の北側に位置することから『北酒場』と呼ばれている。いつからその名前が付けられたのか誰も覚えていない。髪の長い女が似合うかどうかも議論が分かれている(いま一番その店に似合う女は大柄でショートカットの美女だったからだ)…

「こりゃ離婚だな、鯉沼くん。まさか鴨川会長を知らない嫁だなんて」 野村悠樹(のむら ゆうき)の言葉にまったくだと葛西紀彦(かさい のりひこ)がうなずく。いやいや、と鯉沼昭夫(こいぬま あきお)は慈愛のこもった目で妻を見つめた。知らなかったのは…

とことこ歩調を乱したものはもはや怒号とも呼べるサイズの音の塊であり、そして爆発的な大歓声だった。何事だよ、と鯉沼今日子(こいぬま きょうこ)は小走りに進む。ベスト8決定戦からは統一された会場、最前列から二段目に自分の席は確保されていた。そこ…