翠の一言にドキッとさせられる。
最近北酒場でよく噂されているのよねーとのことだった。この娘は生まれか家庭環境かわからないけれど非常に耳がいい。しかも入ってきたもの全てにとりあえず気を配っているらしく、離れたテーブルの会話などを突然耳打ちしてきたりする。由加里の証言によればディズニーシーでミッキーマウスの中の人の「腹減った・・・」っていう言葉も聞き取ったそうだからもしそうなら(普段の様子からして実話に思える)たいしたものだと思う。ちなみに中の人といえば由加里と日光江戸村に遊びに行ったとき、元気一杯で「にゃんまげに飛びついた」由加里が汗臭いのに気づき思わず「お、お疲れ様です」って言ってたこともあったな。中の人も大変だ。
そんなことはともかく翠が道を歩いていたり雑誌を立ち読みしていたり八宝菜を食べていたりすると「あれが笠置町翠だってよ」「なんか強そうじゃねえなあ」という会話を聞くことがあるそうだ。「噂話はかまわないけど、私は強い!」 翠力説。
正直思い当たる点はある。翠の知らないところで日記に書いているからな。東京に来るまでだから一一月の一六日までか? それまでは読んでいる人間がいるかもしれない。ものすごくマニアックなグーグル検索(「迷宮街 土嚢 小林さん」とか)なら結構上位に出るかもしれなかった。そのあたりで出くわした人間が一六日まで読んでいれば、翠の鬼武者ぶりを刷り込まれていたとしてもまったく不思議じゃないのだ。
説明するのも面倒というかきっと脅されて読まれるので黙っていたけど、翠がそいつらの胸倉掴んで白状させないことを祈ろう。とりあえず「ゆがんだ生い立ちってのは悲しいなあ、自意識過剰だぞ」そう言っておいた。
昨夜は自警団で、初めて喧嘩の仲裁をした。仲裁? と言えるのだろうか。アパート街で酔っ払いの探索者同士が植木などを叩き落しながら殴り合いをしていたので、黒田聡(くろだ さとし)さんが二人ともの鎖骨を折って(!)木賃宿までひきずって個室に叩き込んだ。いくら翌朝には治療術師に治してもらえるといっても鎖骨って・・・。黒田さんは、こうでもしないと抑止力にならないと言う。まあ確かに社会的制裁というものの効果がかなり薄い探索者には実際に痛い目にあわせるしかないのかもしれないが・・・。こうしてこれまでやってきたのなら、それがこの街流ってことか。釈然とはしないけど。
今日の訓練は午前午後みっちりと、星野さんにつけてもらった。恩田くん一行の救出で縁ができてから星野さんとは挨拶するようになっているけど、稽古をつけてもらったのは今日がはじめて。この人教えるのうまい。自衛隊員だというけど、それよりも中学校くらいの教師が似合いそうだ。
そういえば明日はクリスマス・イブ。遠距離恋愛中の俺には何の関係もない日。夕方、真城さんと越谷さん、それに内藤くんが「ノー モア クリスマス!」というプラカードを持って大通りを歩いていた。なにをやっているんだか・・・。
明日は混ぜてもらおう。