また訃報。進藤くんの部隊の海老沼さんと斎藤直哉(さいとう なおや)さんがそろって死んだ。まず海老沼さんがクンフーの集中攻撃で首の骨を折られ、地上へと急ぐうちに斎藤さんが魔法攻撃を受けたのだという。斎藤さんの死は、きちんと負傷を回復させておかなかった(俺たちよりも練度の低い部隊なのに水ばんそうこうを各人二個しか携帯していなかったということに驚いた)ことが原因だったけど、海老沼さんの死はもっと根源的な問題を示唆しているように思うので書く。
四匹に同時に襲いかかられたら普通の戦士ならその場で迎え撃ったりはしない。手が空いているほかの前衛の方に飛び込んでお互いを利用して死角を殺すのは当然の動きだった。もちろん橋本さんがわざわざ教えてくれるはずもないが、例えば俺たちは初陣前の団体訓練で翠に叩き込まれたし、第一層で対集団の戦闘を繰り広げるうちに自分で見出すか先輩の部隊に質問する。そういう当然のプロセスをふっとばして第二層に入り込んだのだからこういう結果は当然と思えた。水ばんそうこうの少なさとあわせて進藤くんの部隊には(俺自身はすごく有望だと思っていたということは俺の目は節穴なのだ)あるべき準備が感じられない。そして俺はその原因がエディの部屋にあるのではないかと思う。
確かにエディと切りあう事は大変な訓練になる。あれほどの速度で動く生き物は第四層でもまだ出会わないし、筋肉の動きからも心理的なものからも動きを読むことができない。エディと戦うことで気配を察知することも純粋な戦闘能力も高まり、第一層での死亡率は大きく減ったことは確かだった。しかし、と昔のことを思い出すのだ。
小学校時代、隣りの南巨摩第二小学校がドッチボール大会で山梨一になったことがある。交流ある学校ということで俺たちの学校の選抜チームと練習試合をすることになった。選抜チームに選ばれていた小学校六年の俺は勝つ気で、しかしまともにやっても勝てないことはわかっていた。俺はそのチームで三番目に強かったけど、相手チームのビデオを見る限りその俺がかろうじてレギュラーのギリギリというレベルだったからだ。
実力でかなわなければ奇手を使う。奇手という言葉は小学六年生の俺にはなかったけれど、俺の背骨には染み付いていたらしく俺たちは徹底的に奇手を練習した。そして当日申し入れた。どうせだから、ボールを同時に三つ使って勝負しないかと。王者の余裕は奇妙なその申し出を受け入れさせ、そして俺たちは圧勝した。どんなに個人の能力が高くても連携が巧みでも、所詮ボール一つだけのことだ。あと二試合もすれば慣れて俺たちにも勝つに決まっていたがいきなり三つ使うのであれば普段から慣れていた俺たちのほうに分がある。
エディがどんなに速くても強くても、エディとだけ戦っていたのでは対集団戦闘の経験は身につかない。しかしある時期以降の第一層の探索者たちはエディの訓練場に依存する傾向が目立った。青鬼も5匹いれば千変万化の攻撃をしてくるし、それをしのぐことがひいては第二層以下で総勢20匹近くなる敵との戦いの素地を作るはずだった。しかし進藤くんたちはそれらが不十分なまま各人の戦闘能力の向上だけを見て第二層に挑む資格ありと判断した。そしてこの結果を生んだのではないだろうか。
生き死には運不運とよく言われる。しかし今回のことは防げる、少なくとも防ぐ努力はできる死だった。俺はそう思う。かといって何を他の探索者にさせることもできないけど、そう思うことだけは書き残しておこうと思う。
さて、今回がおそらく最後の探索だった。俺はすっかりやる気でいたけれど、他の皆が示し合わせて第一層をくまなく練り歩くことに決定された。たしかに一番長い時間を過ごしたのは第一層だし、恐怖や喜びや苦しみやいろいろな思い出が詰まっているのもここだった。だから適度に化け物を追い散らしながらあちこちを眺めてまわった。エディとも一対一で無傷で勝ったし、うん、最後に落ち着いてこの目に焼き付けられたのはよかったかな。どうせ23日からは移動と戦闘であわただしいだろうから。
ゴンドラ設置による料金改訂に対する投票、探索者の分は結果が出た。投票総数三六四票のうち、賛成二七四票反対七一票棄権一九票。この時点では俺たちも設置作業に協力しそうだ。けれど明日の昼から木曜日の昼までネットを使ったもと探索者の投票があり、これが実数2000とも3000ともいう数だから実は俺たちの結果なんか簡単に吹き飛んでしまう。ただ、俺たち現在の探索者の結果も投票時に知らせるから、俺たちを応援するつもりでいてくれるなら賛成にいれてくれるだろう。だから楽観視している。
だって、俺がこの街を去ったあともやっぱり翠や津差さんには活躍してもらいたいと思うから。みんな同じ気持ちだろう。
 
[通話][真壁啓一] 22:03
『はい、真壁です』
「あ、親父どの? 啓一です」
『おお、元気か?』
「元気でやってます。それでなんだけど、二月アタマにそっちに戻ろうと思って」
『どうした? 同窓会か何かか?』
「いや、一時のことじゃなくてね。今日の探索で終わりにしました」
『・・・そうか』
「我ながらギリギリだったと思う。あと10回潜ってたら死んでたんじゃないかな」
『・・・そうか。それでどうして来月なんだ?』
「うん。とりあえずは26日まではこっちの工事のお手伝いをして、それから一度東京に戻るつもり。親父どのが調べてくれた竜王の体操クラブ、あれをちょっと挑戦するつもりです。それと並行して近藤教授には卒論を出そうと思ってる。しばらくはあずさで学校に通うことになるかな」
『・・・つまり、もう万一のことは考えないでいいんだな?』
「うん。まあ車に轢かれるとかまでは保証できないけど、地下ではもう大丈夫だよ」
『・・・そうか、そうか。――そうか。じゃあ二月といわず、少し西の方を観光して来るといい』
「それもいいかなあ。――親父どの」
『なんだ?』
「心配かけてごめんなさい。じきに帰ります」